ニキビファイター狩屋くん

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ニキビファイター狩屋くん

「はー、治んないなあ」 私は麻希(まき)。 大学からの帰り道を、絆創膏を貼った右頬を撫でながら歩いた。イチゴ柄のかわいい絆創膏なんだけど、やっぱり目立つよなあ。 「あ、いた。麻季さーん。おーい!」 「狩屋(かりや)くん!?」 なぜか今日一日中、同じ学部の狩屋くんに追いかけ回されている。 「きみのほっぺた、もしかして……」 「二、ニキビじゃないから!」 「そうか、やはり……ニキビか。僕の出番だな!」 「え? きゃああぁぁぁ!?」 狩屋くんが腕時計の横にあるスイッチを押した。 と、思ったら彼の全身が光に包まれた。 次の瞬間、狩屋くんの身体は……。 「やめて、狩屋くん! ここは大学前の表通り。大学生も教授も、その他学生、一般市民みんないるのよ! こんなところで裸にならないでー!」 「落ち着け、麻季さん。よく見るんだ!」 「いやだー! まだ誰ともつきあっていないのに、男の裸なんか拝みたくないー!」 「さらっとカミングアウトするな。ほら、僕は全裸ではない。ちゃんと着ている。僕の肌と同じ色のヒーロースーツを!」 「紛らわしい全身タイツ、やめてよ」 「タイツではない、ヒーロースーツだ」 「でも! その……股間に目が……」 「気にするな。これが一般男性の通常サイズだ。誰ともつきあったことのない麻季さん!」 「サイズが普通だからって見せつけないで!」 私は首に巻いていた自分のストールを狩屋くんの腰に巻いた。 「これは。かたじけない麻季さん! ……って、しまった。名乗るのが遅れた」 「知ってるよ。同じ大学の狩屋くんでしょ?」 「狩屋とは仮の姿! 市民の美肌を守って19年。生まれたときからみんなの味方! 我こそはあぁぁ!! ニキビファイタァァー!!」 「え、なに!? 太陽が!?」 狩屋くんがポーズを取った瞬間、太陽が真上にあがり、彼を照らした。 「……ふ、決まった! あ、太陽さん。ありがとうございますー」 「がんばれよー、ニキビファイター」 「はい、太陽さんもお疲れ様ですー」 「なんで会話できるの!?」 「それはね、麻季さん。戦隊ヒーローは陽の光を利用して登場するのがセオリーだからさ。……ところで麻季さん。絆創膏を外すんだ。きみのニキビを見せてごらん」 「いやよ! 大学生にもなって、ニキビが出るなんて恥ずかしい……」 「恥ずかしくないぞ、大人ニキビは! 僕は毎日大学生のニキビを見ているからわかる。大人ニキビなんてよくあることだ。ひとつできたからって落ち込んだり、自分がいやになったりするなら、完全に悪影響だ! さあ、絆創膏を外してくれ」 「うん……」 「これは……! 麻季さん。もしかして、指でつぶしたのかい?」 「うん。だって、早く治したいから……」 「そうだったのか……それは良くないな。聞こえないかい?」 私は耳を澄ました。 「ひどいよー、まきちゃん。ぼくたちをつぶさないでー」 「ぶしゃってしないでー」 「ぼくたちをやさしくいたわってー」 私は冷めた目で狩屋くんを見た。 「なに私のニキビにアテレコしてんのよ!? 狩屋くん!」 私がつっこみをしようとしたら、狩屋くんはバク転で後ずさった。ストールがふわりと膨らんで、狩屋くんの(裸のように見える)股間が一瞬見えた。 「僕にはわかるんだ。嫌われ者のニキビたちの気持ちが。こんなに重症になったら仕方ない! 応急処置をするぞ、麻季さん!」 「お、応急処置ってなにを……?」 「目を閉じてくれ」 「は?」 「僕にしかできないことだ。こんなところでするのは致し方ないが……。すぐに終わるから、さあ、目をぎゅっと!」 「いやいやいや、なにする気!?」 「ああ、ぼくたち、はやくらくになりたいよー」 「だから、アテレコするな!」 「さあ、麻季さん。ニキビもこう言っていることだし!」 「ああー、もう!」 私は目をつぶった。 ……チュッ。 え? 右頬にやわらかいものがふれた。 まさか、キス……? 目を開けて、右頬をさすると……。 「うそ!? ニキビがなくなってる!? きれい、さっぱり!!」 「い、痛い……」 「狩屋くん!?」 狩屋くんが右頬をさすっている。手を離すと……。 「技が成功したようだな。これで麻季さんのニキビが僕に移った」 「どうして! どうして、こんなことを! ニキビなんて毎日洗顔すれば治るんでしょ!? なんで、わざわざ自分の肌を汚すの……?」 「あはは。それはね、麻季さん。僕はきみのことが……いや、ゴホンゴホン! ストールのお礼だよ。じゃあね、麻季さん!」 「待って、狩屋くん」 私は、持っていた予備のイチゴ柄の絆創膏を数枚、狩屋くんに渡した。 「ニキビ、指でかかないように……これ、貼りなよ」 「ありがとう、麻季さん! それでは、さらばだ! ……あ、太陽さーん。退場するんでお願いしまーす」 「よし来た」 午後3時だというのに、夕暮れになる。狩屋くん……いや、ニキビファイターは夕日に向かって走って行くようにその場を去った。 「ありがとう。あなたのおかげで、私、美肌になれたよ……」 「最近、キレイになった?」 「麻季、なんかやってる?」 「え、なんにもしてないよー」 数週間後の学生食堂のテラス席。 あの日から、肌をキレイにするために、顔を洗ったり、ストレスをためないようにしたり、少しでもいいから運動したり。 私の『美肌活動』は功を奏しているらしく、大学の友達からいろいろ聞かれることが多くなった。 「最近じゃないよ、ね? 麻季さんはいつもかわいいよね」 「わあ、狩屋くん!?」 友達ふたりがいなくなったあと、私の向かいの席に狩屋くんが座った。 「僕のニキビ治ったよ。絆創膏、ありがとう。麻希さんをずっと見ていたからわかるよ。肌がキレイになったから、ますます魅力的になったね」 「まさか、狩屋くん。私のこと……」 「うん、そういうこと」 「はっきり言いなさいよ」 「そうだね。僕は麻季さんが……」 ああ、人生はじめての告白……! 「お、どこからかニキビオーラが! 変身!」 狩屋くんが光に包まれて……。 テラス席にいた学生たちが叫んだ。 「きゃあぁぁ、変態よ!」 「裸の学生がいるぞ!」 「落ち着け、これはヒーロースーツだ! それにほら、腰にストールを巻いているだろ!?」 「ああ……それもそうだな」 学生たちが静まる。 「話の続きをしよう。麻季さん。僕はきみのことが……」 「ちょっと。告白するなら、なんで変身したのよ?」 「僕は、誰かのニキビに気づくと条件反射で変身してしまうんだ。こればかりは……すまない」 「じゃあ、とっととニキビ問題を解決しなさいよ」 「え?」 「私への告白はそのあとで、じっくり聞くから」 「ありがとう、麻季さん! やっぱり、僕の好きな人は最高だね! では、また会おう!」 「またねーって、え、いま『好き』って言った?」 「おっと、うっかり愛を漏らしてしまったよ。ふはははは!」 狩屋くんが走ると、太陽が真上にあがる。 そのキラキラした後ろ姿を、腰に巻いたストールをなびかせて走る姿を、私は笑いながら見つめた。 【終】
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