父の記憶

1/3
前へ
/11ページ
次へ

父の記憶

私が思い出せる一番古い父の記憶。 多分私が3歳くらいの時、出稼ぎに出ていた父がお土産にと三輪車を持って帰ってきた日のこと。 庭に絵を描いて遊んでいたら、地面に長い影が見えた。 夕方の逆光で、顔が見えなくて ー誰?ー 今でもその時の顔は思い出せない。 ただ、三輪車をもらってうれしかったことだけしか記憶がない。 「福子、父ちゃんの帰ってこらったがね」 「父ちゃん?」 抱っこされた記憶がない。 授業参観や運動会の参加も思い出せない。 とにかく、目が悪かった、それは確か。 小学生の頃、修学旅行から帰ってきた日のことは今でもハッキリおぼえている。 重いカバンとお土産を持って、みんなお父さんが迎えに来た車に乗って帰って行った。 私にはお迎えはないとわかっていたから、重い荷物を持ってトボトボと歩き始めようとした。 「!!あいたっ!」 目の前に父がいて、ぶつかった。 「あ、れーっ?福子がおらんと、どけ行ったっじゃろか」(福子がいない、どこに行ったのだろうか) 今ぶつかったのに、わかっていない父。 「おい、こけおっがね、どこば見とっとっ!」(おい、ここにいるでしょ、どこを見てるの?) 「あ、あぁ、早よ乗らんか」 乗れと言われたのは原付バイクの後ろ。 言われた通り乗ろうとしたら 「あー、それ乗ったらダメばいね!警察んくっとたいねー」 同じクラスの男子にからかわれた。 急に恥ずかしくなった私は 「歩いて帰っでよか!」 と、荷物だけ渡して歩き出した。 みんなは車、私の家だけ、原付バイク。 よく憶えていないが、父がバイクの免許を取ったときはまだ、父の視力はそんなに悪くなかった。 でも、出稼ぎから帰ってきてからだんだん悪くなっていったように思う。 それから数年のうちに、光はわかるが視力はないと言われていた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加