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それからの父の記憶といえば。
通勤途中で二回、バイク事故。
全く同じ場所で同じように、半年の間におこした。
多分、その頃にはもうほとんど見えていなかったのではないか?
それからは、寝たり起きたりの日々。
仕事を辞め、山仕事を始めても忘れ物がひどい。
だんだん記憶もあやしくなってきて、子供ながらに認知症という病気ではないか?と思い始めた。
でも、当時の父の年齢は45歳くらい。
ある日、叔母たちが集まって母と祖母と話しているのが聞こえた。
「今になって、後遺症が出たっじゃね、もうどげんしよもなかたい」(もうどうしようもない)
「血圧も低っかもんね、上が60ち、おかしかろもん」
「目も見えとらんごたっね」(目も見えてないみたいだね)
ー後遺症?あのこと?ー
少し前にお姉ちゃんと慕っていた叔母に聞いた。
「福ちゃんの父ちゃんはない、子どもん時に木からひっちゃけて頭が割れて脳みそが出たとよ、それば大学病院まで行って手術ばせらったけど、あの左側の丸かとこは頭蓋骨がなかとよ」
私は以前から気になっていた父の頭の傷跡の謎が解けた。
その後遺症が今になって出たということなのだろう。
それからの父は、体調が悪いとご飯も食べずに寝てばかりいた。
ひどい頭痛がするらしく、処方された薬も効かないらしい。
元気な時は、山や畑に色んな物を忘れてやることも忘れて、祖母と激しい言い合いが繰り返された。
祖母「わっば殺してオレも死ぬ」
(お前を殺して私も死ぬ)
父「殺してくるっとならそんほがよか、もうきつか、さっさと殺せばよか!」
(殺してくれるならその方がいい、もうつらい、さっさと殺せばいい!)
つらかった。
その場にいられなかった。
聞こえないように飼い猫のチビを抱きしめて外に出る。
田舎の夜空は、手に取れるほどの星がいっぱいだった。
「なぁ、チビ、聞こごたなかない」
(聞きたくないね)
「にゃー」
腕に抱えたチビが返事をする。
どれくらいの時間そうしていただろう?
離れたところに人影が見えた。
空を見上げている。
「まこてが腹ん立つ、いっちょん見えん!」
(本当に腹立つ、ちっとも見えない)
押し殺した、父の声だった。
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