31人が本棚に入れています
本棚に追加
私が2人目の子どもを出産した2ヶ月後。
祖父の葬儀は遠慮した。
でもその1ヶ月後、どうしても帰ってきてほしいと祖母と叔母から電話があった。
「福ちゃん、母ちゃんがどげんしても離婚するちきかんとよ、話ばしてくれんね」
私は家族と一緒にフェリーで帰省した。
家を出た母の気持ちもわかる、離婚したいというのもわかる。
「どげんすっと?」
(どうするの?)
「アパート借りて、仕事先も見つけたけん、もうひとりがよか。自由にしてくれんね」
取りつく島もない。
「山ば財産分与で分けろち、どげんこと?」
(山を財産分与でわけろとはどういうこと?)
「そんくらい、よかろうもん」
よく聞くと、誰かにそそのかされたようだった。
山なんて二足三文だけど、ブローカーは産廃処理場にしたいらしく、そこそこの値段を母に提示したらしい。
ダメだ。
売ってしまっては、川の下流の人たちに迷惑をかける、環境汚染という取り返しのつかない迷惑。
そもそも、母に財産分与の権利があるのかどうかもあやしい。
どうしても離婚したいなら、何も要求しないことを条件とした。
娘として、母に対してひどい仕打ちだとは思ったが。
離婚届けを書く日。
母が先に記入していた。
私は、父に説明した。
視力もほとんどなく、文字を書くこともできなくなった父の右手を私が支えて、離婚届けにサインをした。
ゆっくりと、父の名前を書いた。
父は、大粒の涙を流していた。
初めて、父の涙を見た。
きっと、自分がもっとちゃんとできていればこんなことにはならなかった、そんな悔しい涙に見えた。
私は平静を装い、離婚届けを母に渡した。
父は、右手で顔を覆い、声を出さずに大泣きしていた。
「父ちゃん、ごめんな、離婚させちゃってな」
しばらくの間、父はそこから動かなかった。
最初のコメントを投稿しよう!