母の記憶

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帰りのフェリー。 夫と子どもたちはもう寝ている。 私は一人で甲板に出た。 離婚届けを書く父の姿と涙を思い出し、堪えきれず涙が溢れた。 フェリーのエンジン音に紛れて、声を出して泣いた。 吐き気がするほど泣いたのは、この時が初めてだった。 それからしばらくして、父と弟は同じ病院に入院した、というか入院させた。 弟は山に入り自殺未遂を繰り返し、その度に地元の消防団にお世話になった。 父は歩くこともままならなくなっていた。 そんな二人を祖母がみていたが、祖母も動けなくなり介護施設に入った。 弟の症状について病院から『母親の愛情不足かもしれません』と言われたので 病院にお見舞いに行ってほしいと何度も頼んだが、頑なに拒まれた。 そんな母に対し、私は怒りをぶつけ絶縁状ともいえる手紙を書いた。 そしてそのまま連絡を絶った。 それでもそれぞれが落ち着いたと思われる頃、新しく買ったばかりの携帯が鳴った。 『福ちゃん、お母さんが死なしたとよ、早よ帰ってきて!』 「え?死んだ?」
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