第2話

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第2話

 旅を始めたばかりのころ、宇宙船で隣の席に座った薄青い髪の男性は、気さくにこう話しかけてきた。  ――若いお嬢さんが一人で宇宙旅行とは、度胸があるね。どこの出身だい?  ――地球です。  ――へえ、ずいぶん遠くじゃないか。旅費も馬鹿にならないだろうに。もしかして、高貴な身分の方かい?  ――そうだよ! ボクは惑星――の王子さ!  男性の言葉に反応して、ジャケットの襟元からトラットが顔を出す。  ――ちなみにこっちのリノンは、宝くじで当てたお金で旅してるただの平民だよ。一人じゃ心細いっていうから、ボクの家来にしてやってるんだ。  ――ちょっと、トラット! いいかげんなこと言わないでよ!  リノンは声を荒げた。宝くじうんぬんは本当のことだが、見ず知らずの相手にする話ではない。相手が悪人だったらどうするのだ。  しかし、  ――そうか、一人じゃなかったんだね。  男性は紫の目を細めて微笑んだだけで、それ以上詮索してこなかった。代わりに自分は惑星ケルダの出身だと言い、故郷の星にまつわるこんな話を教えてくれた。  遺跡で有名な北山の麓には、二つの村がある。西側の村には本当のことしか言えない正直者ばかりが暮らし、東側の村には嘘しか言えない嘘つきばかりが暮らしている。この正直村と嘘つき村は非常に仲が悪く、遺跡で行われる年に一度の祭りを除けば、互いの交流はないに等しい。 「そのとおりです」  大昔のケルダ人が作った巨石の森を歩きながら、カイはあっさりうなずく。北山の遺跡は山の中腹にぽっかりと開いた広場のようなところだった。周囲を高い煉瓦の壁で囲まれ、東西には山道に通じる門が作られている。広場の中央には、樹木の代わりに何十本もの巨大な石の柱がそびえていた。周囲には木材がたっぷりあるのに、あえて石を使っている点がリノンには興味深く思える。耐久性を考えてのことなのか、それとも単にひねくれ者だっただけなのか。広場の南側には木製の櫓のような構造物もあったが、それは最近作られたもので、遺跡ではないとのことだった。 「元をたどれば、同じ一族らしいんですけどね。ずっと前の代に突然変異が起きて、正直者と嘘つきに分かれてしまったとか」  突然変異を生じた二人兄弟が、仲の悪さから別々に暮らすようになったため、自然と村も二つに分かれたという。 「言うことが全部逆だったら、そりゃあ兄弟喧嘩にもなるよね」  リノンのジャケットから頭だけ出したトラットが、あくびを噛み殺して言った。リノンと違って、遺跡になど興味がないのだ。 「……突然変異ですか」  そんなことで正直者と嘘つきが生まれるなんて、地球人のリノンには信じがたい話だった。しかし、ケルダ人の突然変異とはそういうものなのかもしれない。姿こそ似ていても、彼らは地球人ではないのだから。 「この渦巻きは女性、下のは樹木の名前です」  カイは歩きながら、石柱に刻まれた模様や文字を丁寧に解説してくれる。しかし、巨石群の真ん中辺りまで来ると急に足を止めた。 「残念ですが、ここから先はご案内できません」 「どうしてですか」  遺跡はまだ半分ほどしか見ていない。雨が降ってきたわけでもないのに、こんな中途半端なところで案内を終わられては困る。  そんな不満が顔に出ていたのだろう、カイは申し訳なさそうに言った。 「ここから先は、嘘つき村の敷地なんです。僕は正直村の人間なので、入ることを許されていません」  カイが示した地面には、くっきりとした白い線が引かれている。塗料を何度も重ね塗りしたらしきその線は、遺跡のある楕円形の広場を東西に分けていた。 「残りの半分は、嘘つき村のガイドが担当します。明日にでも案内するよう、今日のうちに僕から伝えておきますので」 「……わかりました」  そういうことなら仕方がない、とリノンはうなずく。現地の掟に従うのは旅人としてのマナーだ。 「でも、嘘つき村の人とは交流がないんじゃなかったんですか?」  気になって訊ねると、カイは口元に苦笑いを浮かべて言う。 「基本的にはそうですが、僕たちは仕事上、そうも言っていられなくて。といっても業務連絡だけですから、交流というほどのものでもありません」  遺跡見学の客を引き継ぐときにだけ、嘘つき村のガイドに連絡を入れるのだという。 「僕たちは隣同士に住んでいるので、用があるときは窓を開けて呼ぶだけです。ほら、あの白い屋根が僕の家ですよ」  カイは広場の北端を指さした。そこには森を背にして、丸太小屋風の家が二軒並んでいる。屋根の色は西側の家が白、東側の家が黒だった。地面に引かれた境界線は、ちょうど二軒の家のあいだを通っているように見える。  どうしてガイド二人はほかの村人たちから離れた場所に暮らしているのだろう。リノンが不思議に思ったとき、ぽつりと頬で滴が跳ねた。同じように雨粒の直撃を受けたトラットが、小さく悲鳴を上げて首を引っ込める。 「降ってきましたね」 「ええ、急ぎましょう。本降りにならないうちに村を案内します」  リノンたちはカイについて、来た道を戻った。西門を出たところには乗ってきた車が()めてあったが、カイは門の手前で左に折れる。広場の南西に当たるその場所の壁には、門の代わりに、人一人通れるくらいの扉がついていた。壁の上部には監視カメラのような装置が取りつけられている。錆の浮いた金属扉をくぐると、その向こうは森だった。  森の入口には小川が流れ、その上に簡素な木の橋が架かっていた。橋を渡れば、木々の向こうに黄色い光が点々と浮かんでいるのが見える。人家の明かりだ。  青く薄暗い森の中を、カイは慣れた足取りで進んでいく。リノンは湿った落ち葉に足を滑らせながら、懸命にその背中を追った。ジャケットの中で寝た振りを決め込んでいるトラットのせいで、よけいに息が上がる。  やがてたどり着いたのは、青い屋根の家だった。広い敷地を塀で囲んでいる。 「大きな家だね」  軒下に入ったことに気づいたのか、トラットが顔を覗かせて言った。カイが戸を叩くと、中からでっぷりと太った中年女性が現れる。薄青の巻き毛に青い瞳をした彼女は、カイを見るなり眉をひそめた。 「ご無沙汰してます、アイエラ村長。こちらは観光客のサクラギさんとトラットさんです。うちの村を見たいそうなんですが、案内しても構いませんよね?」 「べつに構わないけど……あなたたち、ほかの星から来たんでしょう? 宇宙船にまで乗ってわざわざこんな田舎を見にくるなんて、そうとうな変わり者ねえ」  こちらをしげしげと観察し、アイエラは言った。露骨な物言いにリノンは面食らったものの、すぐにここが正直村だということを思い出す。この村の人々は正直者だから、心にもないお世辞でその場を取り繕ったりということができないのだろう。 「なにもないところだけど、まあ気の済むまで見てってちょうだい。少なくとも隣の村よりはマシなはずだから」  村長の許可が出たので、山を下るように村の奥へと進んでいく。雨は降り続いているが、背の高い樹木が天然の屋根となって濡れるのを防いでくれている。ところどころ森を切り開いて作った畑には、キュウリやカボチャに似た作物が実っていた。似ているのは形だけで、色は目に刺さるようなピンクと紫だったが。 「こっちの村には、何人くらいの人が住んでるんですか」  白い屋根で統一された家々の周囲に人影を探しながら、リノンは訊ねた。 「今は二十人弱ですね。昔は百人以上いたらしいですが、数十年前に流行った死病で一気に人口が減ってしまって。その後ある程度は持ち直したんですが、最近では仕事を求めて都会に出ていってしまう人もいて」  農業しか職がない村では、若者をつなぎ止めるのは難しいという。よく似た星ではよく似た問題が生まれるのだろうか、とリノンは興味深く思った。 「向こうは隣村なんですよね?」  東の方向を指さして尋ねる。 「そうですが、通り抜けはできませんよ」  二つの村は森という自然の城壁だけでなく、その中に築かれた高い煉瓦の壁によっても隔てられているのだという。遺跡の広場と村とを隔てていた壁と同様に、壁の両側には死角を生まないよう等間隔に監視カメラが取りつけられ、隣村から侵入してくる者がいないか見張っているそうだ。 「あそこに誰かいるよ」  ジャケットから右前足を突き出して、トラットが言う。猫に似て、彼は暗いところでも目が利くのだ。その言葉に従って歩き続けると、やがて畑にうずくまって作業する誰かの姿が見えてきた。 「ハリス」  カイが呼びかけると、その誰かは立ち上がってこちらを向いた。 「なんだ、誰かと思えば」  ハリスと呼ばれた青年は、鎌を持った右手で面倒そうに髪を掻き上げる。長めの短髪に、丸みを帯びた目。白い肌は瑞々しく、皺一つなかった。地球人でいえば二十歳前後だろうか。背はリノンよりやや高く、ケルダ人としては長身といえそうだった。 「……そっちの人たちは?」  ハリスはこちらに目を移し、不思議そうにまばたきする。リノンは自己紹介しようと口を開いたが、その前にカイが手早く事情を説明してくれた。 「へえ、お姉さんたち趣味悪いね。観光地なんて、都会(まち)のほうにいくらでもあるじゃない。こんなど田舎、俺だって出ていきたいくらいなのにさ」  ハリスは苦笑し、「この畑がなかったらだけどね」とつけ加える。聞けば、疫病で親族が亡くなったことにより、彼の家はその親族が持っていた農地を譲り受けたらしい。両親だけでは手が足りず、一人息子のハリスもしぶしぶ村に残り農作業を手伝っているそうだ。 「村が二つに分かれてから人は出てくばっかで、外からは一人も入ってきてないんだってさ。このままいけば、そのうち誰もいなくなるだろうね」  ハリスは皮肉げに唇を歪めた。 「用が済んだんなら、もう行ってくれない? 雨がひどくなる前に終わらせたいんだ」 「待って、もう少しだけ」  作業に戻ろうとするハリスを、リノンはそう言って引き留める。 「隣の村とは仲が悪いっていうけど、君もそうなの?」  そんな質問をしたのは、ハリスの印象がリノンの思い描く正直者とずれていたからだ。嘘はつけなくても、皮肉屋の彼なら嘘つき村の人々ともそれなりに仲良くやれるのではないだろうか。  しかし、そんな期待とは裏腹に、ハリスは冷えた眼差しをこちらに向けた。 「当たり前だろ。隣村の奴らとは、まともに話したこともないよ。嘘しかつけない人間なんて、信じられるもんか」  そう吐き捨てて、くるりと背を向けた。 「感じ悪いなあ……正直者だからって、いい人とは限らないんだね」  トラットはリノンにだけ聞こえる声量でささやくと、小さな牙を見せてあくびをした。
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