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第3話
翌日は嘘つき村を案内してもらうことになっていた。
「今日はひどい天気だな」
キバと名乗った嘘つき村のガイドは、カプセル型の車を器用に運転しながら言った。昨日、西側の道を上ったときもそうだったが、ろくに舗装もされていない山道では、自動運転機能は使いものにならないそうだ。突き上げるような揺れに身体は跳ね、カーブに差しかかるたびに窓に頭をぶつけそうになる。トラットもジャケットの中でつぶれたような声を上げていた。
「ほんとですね」
リノンは舌を噛まないよう注意して答える。昨日とは打って変わり、頭上には雲一つない晴れ空が広がっていた。
「遺跡見物には最悪の日だ」
キバは感情のこもらない声音で続ける。助手席に座るリノンは横目で彼を見やったが、鋭角的なサングラスに隠れて表情は読み取れなかった。同じガイドでも、正直村のカイと違ってずいぶん無愛想だ。逆立てた短髪と全身黒でそろえた細身の服は彼の趣味なのだろうが、地球人のリノンはそこから特殊な職業を連想せずにはいられない。実際はわざわざ宿まで車で迎えにきてくれたりと、なかなかの親切ぶりを発揮しているのだが。
「あれはなんですか?」
広場の入口――昨日とは逆の東門だ――に着くと、リノンは広場の南端に見える木製の構造物を指さした。遺跡ではないと聞いたものの、使われている木材は薄汚れたような灰色をしていて、年月を感じさせる。
「祭りには絶対に必要のないものだ」
ごつい指輪をはめた中指でサングラスを押し上げ、キバは答えた。
「祭りの日になると、二つの村の村人たちは家に閉じこもる。隣村の人々と顔を合わせないよう、あの櫓の周囲に近づかないようにするんだ」
キバの言葉は二つの村の険悪さをよく表しているようでもあったが、リノンは鵜呑みにせずに頭の中で翻訳を試みる。
――祭りには欠かせないものだ。
――祭りの日になると、二つの村の村人たちは家を空ける。隣村の人々と会うため、あの櫓の周囲に集まるんだ。
こんなところだろうか。嘘つき村のガイドであるキバは、嘘しか言わない。常にそれを意識していないと誤解しそうだった。
「今年の祭りが開かれるのは三日後以外の日だ。見て面白いものじゃないから、あんたは来なくていいぞ」
キバはそう誘ってくれたものの、リノンは「せっかくですが」と首を振る。二つの村の交流の場だという祭りには心惹かれるものがあるが、あいにく明後日にはこの星を発たなければならない。この地方にある宇宙港からは四日に一度しか船が出ないので、その便を逃すと大幅に予定が狂ってしまうのだ。
遺跡の残り半分は、昨日案内してもらったのと大差はなかった。村が二分される前に作られたのだから、当然といえば当然だ。
キバの嘘つき語による解説を聞いたあと、リノンたちは南東にある扉――南西にあったのとそっくりだった――を抜けて嘘つき村に入った。小川や木の橋があるところまで共通している。まずは村長から見学の許可をもらう。赤い屋根の家に住む嘘つき村の村長は、サルダリという名の猫背の中年男性だった。
「確かにうちの村は観光にはぴったりだ。まあ、気の済むまでゆっくりしていってくれ」
サルダリは緑色の目を三日月形に細めたが、歓迎されていないのは明らかだ。
「早く帰れ、って言われたよ」
鼻先で扉が閉まるなり、トラットが呟く。
「村長があんなことを言うのは珍しい。特にあんたが好きというわけじゃないだろう」
キバの言葉に、リノンは「やっぱり」と落ち込みそうになったが、一拍置いてその真意に気づいた。
「じゃあ、あの人はいつもあんな感じなんですね」
思わず胸を撫で下ろすと、キバがかすかに笑うような息を漏らす。そして聞き逃しそうなほどの小声で、「俺は好かれているがな」と言った。
そろいの黒い屋根を戴いた家々を見ながら歩いていると、途中で籠を抱えた若い女性に出会った。背中まで伸ばした薄青の髪に、紫の瞳がよく映えている。背はリノンの肩にようやく届く程度で、小作りな顔も相まってリスやムササビのような小動物を思わせた。
「……誰?」
瞳に警戒感をにじませてこちらを見上げる女性に、リノンは笑みを浮かべて言う。
「地球から来た、サクラギといいます。村長に許可をいただいて、村を見学させてもらってます」
「そう、この星の人なの」
女性はさほど驚いた様子もなく、自分はエルゼだと名乗った。サルダリの娘だという。
「宇宙旅行なんて、素敵な趣味ね。北山の遺跡は見ごたえあったんじゃない?」
鈴の鳴るような声に似合わず、ぞんざいな口調だった。きょろきょろと周囲に視線を走らせ、「もう一人、いないんでしょう?」と訊いた。
「呼んだ?」
トラットがリノンのジャケットから首を出すと、エルゼは小さく悲鳴を上げて後ずさる。既視感のある反応に、リノンは頬をゆるめた。
「すみません、驚かせて」
「……そうね」
喋る猫をエルゼは興味深そうに眺め、こわごわ手を伸ばしたかと思うとまた引っ込めた。撫でていいものか迷っているようだ。
「遺跡である祭りには、あなたも参加するんですか?」
別れ際に訊ねると、エルゼは小動物のように愛らしい顔を曇らせた。
「参加するはずないじゃない。祭りには誰一人参加しちゃいけないって決まってるんだから」
尖った声音に、リノンは彼女の本心を悟る。祭りは全員参加だが、彼女は本当は出たくないのだ。隣村の人々の顔など見たくもないということだろうか。
「仲直りとかはできないんですか」
親戚の家に果物を届けるのだというエルゼの後ろ姿を見送りながら、リノンはキバに訊いた。彼は無表情のまま斜め上を向く。それは困ったときにカイがしていたのと同じ仕草だった。
「……その可能性は皆無だ」
やっぱり無理なのか。渋い顔をするリノンの胸元で、「違う違う」とトラットが前足を振った。
「今のは、『可能性がないわけじゃない』って言ったんでしょ。――なにかいい方法でもあるの?」
「ない」
堂々と言いきったキバは、かすかに笑ったように見えた。
「俺は今年の祭りを、いつもどおり何事もなく終わらせるつもりだ。隣村との仲違いが、これからも続くように」
「へえ、頼もしいじゃない」
トラットがひゅう、と口笛を吹く。どうやらキバには、二つの村の関係を改善させる秘策があるらしい。その歴史的な場に居合わせられないのが残念だが、リノンは彼に応援していると伝え、宿に戻った。
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