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第7話
翌朝、正直村に戻ると、リノンとトラットは監視カメラのある壁を抜けて広場へと入った。夜のうちにアイエラと連絡を取り、カイの家に二人の人物を集めてくれるよう頼んでおいたのだ。
家の扉を開けると、ソファの端と端に座っていた二人が同時に顔を上げた。片方は杖を手にした痩せっぽちの老人、もう片方はおかっぱ頭でずんぐりとした体型の老女だ。
――あの人たちは、村で〈長老〉と呼ばれているわ。
アイエラの言葉がよみがえる。彼女やサルダリの親世代に当たるという二人は、老いた身体に不思議な貫禄をまとっていた。
「わざわざ来ていただいてすみません。寒くなかったですか」
「気遣いはいらんよ。わしらが顔をそろえるには、村を出るしかないんでな」
枯れ枝のような身体をソファに沈めた老人は、小さな目をしょぼしょぼさせながら言った。顔には深い皺が刻まれ、色素の抜けた髪はそのほとんどが抜け落ちている。ケルダ人は地球人より短命だというが、二人の長老の人生が残り少ないことは容易に察せられた。
「ねえ、まだ本題には入らないでくれるかしら」
むっつりとした顔で、老女が口を開く。赤々と燃える暖炉の炎が、老女のたるんだ頬に不気味な陰影を作っていた。
「じゃあ、さっそくですが」
リノンは向かいのソファに腰かける。
「お二人は、数十年前の〈大感染〉を生き延びた、数少ない人たちだそうですね。〈大感染〉を経験された方は、この地域ではもうお二人しか残っていないとか」
話している途中でジャケットの胸元からトラットが飛び出し、暖炉の前に寝転がった。長老たちはちらりと目をやっただけで、特に動じる様子はない。
「そうだが、それがどうかしたかね。あんたは遺跡であった事件を調べとるんだろう」
「ええ。でも、これも事件と無関係ってわけじゃないんです。お二人ならきっとご存じだと思うんですが――」
老人の白い眉がぴくりと動く。
「――一人でカイとキバを演じていたガイドは、二つの村のあいだに生まれた子なんじゃないですか?」
つまり、親の片方は正直村、もう片方は嘘つき村の出身ということだ。正直者や嘘つきを生む突然変異が両方引き継がれるか、あるいは互いに打ち消し合うなりすれば、その子供は真実と嘘を自在に操れるようになるのではないか。昨夜リノンがたどり着いたのは、そんな答えだった。
長老たちはすぐには答えず、ほんの一瞬、かすめるように顔を見合わせた。なにを確かめ合ったのかはわからないが、やがておもむろに老人が口を開いた。
「そうだ。あの子は〈忌み子〉だった。それを知る者は、もうわしら以外に残っておらんがな」
正直村の長老はさらに話を続ける。
ガイドの母親は正直村に住んでいたが、あるとき前触れもなく子供を身ごもり、一人きりで出産した。そして、生まれたばかりのその子を遺跡に置き去りにして村を出ていった。子供を保護した長老たち――当時は二人とも村長の地位に就いていた――は、その子が混血の〈忌み子〉だと気づく。母親の失踪と同時に、嘘つき村からも一人の青年が姿を消していたからだ。村に残れば、正直者の母親は子供の父親が誰かを話さないわけにはいかなくなる。それは嘘つきの父親も同様だった。
長老たちはこの事実をほかの村人に隠すため、保護した子供を遺跡の北端に建てた家に住まわせ、同世代の少数の者たちで世話をすることにした。その者たちは当然子供の血筋についても知っていたが、ほかの村人は遺跡で赤ん坊が保護されたことさえ知らなかったため、秘密が広まることはなかった。訊ねられなければ答える必要はないというわけだ。
「あの子が身の回りのことを一人でこなせるようになったころ、例の〈大感染〉が起きた。一緒に世話をしとった者は全員病に倒れ、あの子の素性を知る者はわしら二人だけになった」
〈大感染〉で村の人口は激減したが、それは混血の「彼」にとっては幸運なことだったのかもしれない。〈大感染〉後、中高年層の減少で大きく若返った人口構成を反映し、村長の代替わりが起きる。新たな村長たちは「彼」とほぼ同世代で、広場の家に誰かが住んでいることは知っていたものの、その素性までは知らなかった。ただ二人事情を知る前村長たちは長老と名を変え、村の外れで隠居生活を送ることになった。
自分の血筋を詮索される心配がなくなると、「彼」はガイドの仕事を始めた。カイとキバという二つの人格を演じ分けることで、あたかもそれぞれの村のガイドが隣り合った家に住んでいるように見せかけた。
「あの子の演技は堂に入っとった。先祖が作った遺跡で金儲けをするとはけしからん、などという奴もおったが、ガイドの血筋を疑う声はどこからも上がらんかった。本当のことを知っていなければ、わしだって騙されておっただろう」
「じゃあ、やっぱり彼は、真実も嘘も自由に話すことができたんですね」
「ああ。詳しい仕組みはわからんが、二つの血が混じったせいでそうなったらしい」
老人は震える手で杖を握り直した。おかっぱ頭の老女は、苛立ったように足先をばたつかせる。
「まったく、あなたの話は率直すぎるわ。言いたいことがないのなら、どうぞゆっくり喋ってちょうだい」
「まだわかりませんか」
嘘つき語で急かす老女に、リノンはそう返した。
「櫓の柱が腐っていることを知っていたガイドが、あえて近づいて下敷きになるとは考えにくい。彼は誰かに、柱に近寄るよう仕向けられたんです」
だが、彼を騙して誘導することは、正直者にも嘘つきにも不可能だ。それができるのは特別な血筋の者に限られる。
「正直に教えてください。あなた方がいう〈忌み子〉っていうのは、本当はもう一人いるんじゃないですか」
ガイドと同じ混血の者なら、彼を騙すことも可能だ。ふだんは正直者か嘘つきの振りをしていて、ここぞというときに真実の中に嘘を――または嘘の中に真実を――混ぜ込めばいい。大きな水溜まりにインクを一滴落としたところで、誰も気づけはしないだろう。
小屋の中は静まり返り、薪の爆ぜる音だけが聞こえていた。暖炉の前のトラットが身を起こしてこちらを見る。正直村の長老はあっけに取られたような表情をしていたが、すぐに気を取り直したように笑顔を見せた。
「あの子みたいなのがほかにもいるだと? そんな話は聞いたことないが」
なあ、と老女に同意を求めたものの、返答はない。老女はいかめしい顔で宙を見つめていたが、やがて独り言のように漏らす。
「思い当たるのは一人もいないわ」
――思い当たるのは一人だけいるわ。
嘘つき語を脳内で訳し、やはりそうか、とリノンは思う。
「十年と少し前ではなかったと思うけど、うちの村で、ある母親が初産で命を落とさなかったの」
そのとき生まれた子供は、父親に男手一つで育てられたという。
「それなら混血ってことにはならないだろう。父親も母親も、そっちの村の出なんだから」
老人はぼさぼさの眉をひそめて言った。もっともな意見に聞こえるが、それは子供の父親が本当にその人であればの話だ。
「母親は出産と同時に亡くなっているので、真実を明かさずにすんだんでしょう。本当の父親は、たぶん隣村にいたんだと思います」
「まさか」
正直村の長老は黄色く濁った目をぎょろりと見開いた。
「そういえば、ちょうど同じころに村を出ていった男がいた。てっきり田舎に嫌気が差したもんだと思っとったが……」
老人はみなまで言わなかったが、その男性が本当の父親だという可能性は高い。
リノンは二人に礼を言うと、暖まってだらりと伸びたトラットを回収し、小屋をあとにする。
次に向かう場所はすでに決まっていた。
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