あの止まない雨を待って。

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 あの日マユラはバケモノをひとつ生み出し、施設長を殺した。僕だけが見えたマユラのバケモノ。そしてマユラはそのバケモノと雨の中に捕らわれた。永遠に止まない雨の中に。  僕の心臓が突き上げられるようにドクンと跳ねた。喉の奥から血の味が広がる。男がこっちに突進しながら手を伸ばして来た。僕は拳を握り歯を食いしばり、自分の中のバケモノを生み出そうと体中に力を込める。  けれど。  突然雨の音が消え、頭の中に声が響いた。  ――だいじょうぶだよカイリ。守るから。  僕の胸にマユラの小さな手が触れた。まるで僕の中から生まれ出るバケモノをくい止めるように。  再び戻って来た僕の聴力と視覚が捉えたのは、雨音と、マユラの胸を突き抜けて飛び出していく真っ白い影だった。  ドラゴンに似たそれはあの日と同じく空中を縦横無尽に泳ぎ、天高く上った直後、真っ赤な口を大きく開けたまま急降下し、あっけないほど簡単に男を飲み込んだ。ごくりと音がし、白い喉を異物がなまめかしく降りていく。  そのあとまるで煙のようにそれがマユラの胸にスルスルと吸い込まれていくまでの一部始終を、僕は豪雨に打たれながらただ見つめるしかなかった。  ――バケモノは二匹もいらないから。    マユラが僕を振り向き、口も動かさずにそう言った。  僕はポケットに手を入れ、忍ばせていたナイフにそっと触れる。バケモノが呼び出せなかった時に使おうと思っていたナイフだ。二年前も、僕の手の中にあった。けれど今回も、守られたのは僕だった。  雨はそれから3日間降り続き、大地をうんざりするほど潤した後、ようやく止んだ。           ***
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