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「ウミシカ、もう使われなくなるかもって」
登校中、水筒の水を飲みながら、健人が言った。
「ああ。ニュースで言ってたね」
僕はボンヤリ返して、額の汗を拭う。もうあの日から半月が過ぎていた。
「ヨウ化銀が心配なんだって。うちの親みたいなのがクレーム入れたのかな。全然平気なのにな」
海鹿の稼働現場を見たがってた健人は残念そうに言ったが、突然思い出したように振り返った。
「あ……。カイリのお父さんは、違うよな。ウミシカ関係ないよな」
「うん。勝手に溺れただけ」
あの男は、浅い水路に顔を突っ込んで溺れかけていたところを助けられた。
この街からずいぶん離れた別の街の住宅地の水路だ。
今は回復して家にいるが、記憶も気力も無くし、ただ食べて排泄するだけの無害な生き物になった。母さんは以前より機嫌よく世話をしている。保険が下りたとか返済が不要になったとか。僕にはどうでもいい事だけど、もう痛い思いをせずに穏やかに暮らせるなら、それでいい。
僕はそっと自分の胸に手を当ててみる。
あの日、暴れ出そうとしたのは僕の中のバケモノじゃなくて、ナイフを握った右手だったのかもしれない。
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