あの止まない雨を待って。

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 もう2か月も雨は降らない。  学校帰りの僕の足元の地面はひび割れ、干からびたトカゲが空洞の目で空を仰ぐ。 「ほら見ろよ、またあの子、雨でもないのに……」  一緒に下校していた健人(けんと)が、木蔭を指さした。街路樹の下で、透明のビニール傘を差した女の子が、重そうなランドセルを背負ったまま佇んでいる。 「頭おかしいんだろうな。施設から通ってるらしいけど、あれじゃ、だれも引き取ってくれないだろうって、うちの親が言ってた」と、健人は続けた。 「雨が止まないんだよ。あの子にだけ」 「え? カイリ、なんか知ってるのか?」  僕は答えない。  少女が振り向き、僕と目が合った。目の奥がチクンと光り、一瞬のうちに世界が豪雨に包まれる。  灰色に煙る視界の中、彼女の心臓から飛び出した巨大なバケモノは奇声を上げ宙を泳ぎ、僕らの背後にいた男をその鋭い牙で食いちぎった。赤い飛沫。耳障りな断末魔。立ちつくす僕らと醜い死骸だけが大地に取り残され、『無理やり降らされた雨』に延々と打たれ続けた。無力だった僕の雨は止んだけれど、バケモノを生み出したあの子の雨はもうずっと止まない。 「カイリ、行くぞ」  健人がしびれを切らしたようにずいぶん先で僕を呼ぶ。  記憶の中の雨は消え去り、街路樹の下の少女も消えていた。  名を呼んで周囲を見渡したが、もうどこにもいない。辺りにはまた日の光が満ち、僕は痛む心臓あたりをギュっと手でおさえる。  マユラ。僕もあの日の雨に遭いたいんだ。  この胸の胎児を孵化させたくて。あの日から僕はそればかりを思ってる。      ***
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