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18.見えるもの、見えないもの
前の晩にジェイドさんから言われていた通り、翌朝、朝ご飯を食べているときにユリウスさんから予想通りのことを言われた。
「ミミィさんは騎士団に混じって訓練を行っていただきます。『大撃弾』の遣い手も何人かいますので、彼らから実戦での使い方やそれに頼らない戦い方を学ぶこともできるでしょう」
彼の言葉に勢い良く頷くミミィ。
彼女は前々から戦い方で悩んでいたから、渡りに船だったのだろう。元気が良くていいことですとユリウスさんが打算なしで微笑んでいる。アイリーンとやり合うときに比べてなんて平和なんだろう。
「アイリーンさんは鑑定の精度を上げるために王宮に所属する鑑定士たちに師事してください」
「あら、私の鑑定技術が不足していると?」
やっぱり始まったかぁ(涙)。
昨日、ジェイドさんから聞いたときはなにも言わなかったのに、ユリウスさんの言葉には反発するんですね、アイリーンさん。
「いいえ、あなたの鑑定技術は最高だと思いますよ。なにせここまでの道中の安全やあなたが引き抜いた人材は最高ですからね。私にその技術を譲ってもらいたいくらいです」
しかし、ユリウスさんはアイリーンの嫌味に優しく受け流す。
おや、意外でした。
「ですが、ここから先は“魑魅魍魎”の巣窟が待っています」
「それはこの王宮に留まるという意味でかしら? それとも物理的な意味合いでかしら?」
「どうとっていただいても結構ですよ。どちらにせよ魑魅魍魎が待っているのには変わりはありませんから」
「あら、そうなのね。わかったわ」
ユリウスさんの忠告にアイリーンもやれやれと肩を竦めながら承諾する。さて、残りは私。
「ミコさんには殿下にくっついていただきます。パッシブでの『洗浄』技術を学ぶこと――――というのは難しいでしょうけれど、殿下が取り残したものそれを掃除する仕事をお願いいたします」
うーん、やっぱりそう来たか――――って、私もジェイドさんには聞けなかったことがあるんだった。
「あのぉ、ユリウスさんって私のスキルの特徴をご存知でしょうか?」
「はい? ああ、報告にあった長ったらしい詠唱のことですか」
おぅい、ユリウスさぁんんん……――――
自覚はあるとはいえ、それ以上私をディスらないほうがいいですよぉ?
今でさえ、なんかひっかくようなメリメリという音が鳴っているような気がするんですよねぇぇぇぇ。
とはいえ、私の悩みはそこなんだけれどね。
私は神道式で『洗浄』をしてしまうので、多分、王太子殿下の仕事場を占拠しちゃう可能性があるんだよねぇ。それにやたらとうるさい。
できればそれを静かに行使する方法とか……
「それについては問題ありませんよ」
マジか。
「エリックに簡易詠唱方法を学んでいただければと思います。もし難しければ、それの補助用に魔道具を作らせますので安心ください」
安心しちゃいたくないけれど、安心しておくべきなんだろうかと思ってジェイドさんを見ると、俺もいるから安心しろと口パクで言われてしまった。
はいはい。
「――――わかりました、よろしくお願いいたします」
私が頭を下げるとにっこりと笑われた。
「大丈夫です、あいつも加減をわかっているとは思いますので」
「もし加減をわかっていないようだったら、容赦なく殴るでいいな」
「ええ、結構です」
ユリウスさんの軽口にジェイドさんがきり返す。すると、兄の方がフフフと笑う。二人の関係を見ているとなんだか羨ましくあったけれど、今は私たち三人、いや四人、仲良くやっている。
それでいいんだ。
私はジェイドさんとユリウスさんに連れられ、ニコラス殿下の執務室に案内された。食堂から出るときに、ギルドでよく見かけた伝達魔道具でエリックさんに連絡をしていたにもかかわらず、彼はまだ執務室に来ていなかった。
そこはこの王宮の中でもそこはあり得ないほど綺麗だった。
「綺麗……」
「殿下のパッシブ効果でどこにいるときでも綺麗になってしまう。不本意ながらの潔癖症というわけだ」
なるほど。羨ましいスキルだなぁ。
パッシブスキルはその名の通り常時発動する。そのため膨大な魔力が必要であり、“パッシブ”というだけでも高ランクに位置する。そんなパッシブの『洗浄』は“掃除機”のような感じなので、汚れや穢れが気づかない間に消える優れモノなのだ。
私にもそんなスキルがあったらいいのになぁ。
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
出迎えてくれたニコラス殿下に頭を下げると、堅くならないでと言われてしまったけれど、無理です☆
いついなるかわからないけれど、一国の主になる人にタメになんてなれないんだから。
「エリックは?」
「まだだな」
ニコラス殿下の言葉にユリウスさんとジェイドさんは大きなため息をつく。
二人とも居場所に心当たりがあるらしい。
「また魔術塔に籠ってますか」
「ああ、そうみたいだな。昨日の夜、あの後に行ってそれっきりみたいだからな」
「まったくあの人は――」
「そう言ってやるな」
どうやらユリウスさんが予想したところとジェイドさんが予想したところは同じだったようで、二人のやり取りを黙って聞いていたジェイドさんはなにも言わない。
しかし、エリックさんが魔術塔に籠っていることに不満だったようで、ですがとなにかを言いかけるユリウスさん。それを制するニコラス殿下は私たちにジェイドさんを監視していると説明したときと同じくらい真剣な眼差しをしていた。
「仕方ないだろう。アイツなくしてこの国はやっていけないんだから」
「……――そうですがっ!!」
悔しそうな表情のユリウスさんはなにかを言いかけようとしたが、ジェイドさんに遮られた。
「たしかにそうだろ、兄貴。兄貴だってミデュア卿の恩恵を受けているでしょう」
その言葉にユリウスさんは言葉に詰まってしまったようだ。私は彼らの事情を知らないから口をはさめなく、置いてきぼりくらっていたけれど、ユリウスさんが言い負かされている珍しいものを見てしまって、かなり満足していた。多分、アイリーンに言ったら面白いことになりそうな気がするが、まあ言わないでおこうか。それ以上に大変なことになる。
仲がいいニコラス殿下とジェイドさん、ユリウスさんのテンポよく進むやり取りを聞いていたけれど、なんとも不毛で、早くこの時間が過ぎてくれないかと思ってしまう。
というか、そもそもエリックさんを呼んだのにもかかわらずここに来ないっていうことはなにかあったのだろうかと心配にならないのか。
けれど、三人がエリックさんを心配そぶりも見せず、むしろ、彼が来ないこと前提でまとめはじめた。
「エリックは来ていないが、俺でも詠唱スキルは持っているんだし、ジェイドにでも教えてもらえばいいんじゃないのか?」
ニコラス殿下の言葉にそういう手があったかと私も驚いた。
ジェイドさんのスキルである『魔法壁』は詠唱って言っていたし、ニコラス殿下の所持スキルのうち『洗浄』はパッシブだから、『大撃弾』のほうが詠唱なんだろう。
というか、ニコラス殿下って仲のいい人に対しては “俺”なんだ。最初に会ったときの自己紹介で“私”って言っていたけれど、なんだか窮屈そうだったから、すごく納得しちゃった。
「なるほど。それでもいいですか、ジェイド?」
「俺は構いませんよ」
ユリウスさんもニコラス殿下の提案に賛成し、同意を求められたジェイドさんも問題なしという。
「なら、話は決まった。ミコ殿も構わないな」
あとは教えてもらう私だけだけれど、もちろん問題ない。むしろ、ジェイドさんに教えてもらえるなんて嬉しいに決まっているじゃないか!!
本当は来てもらうべきなんだろうけれど、サンクス、エリックさん☆
私は大きく頷いた。
それから半日の間、結局私はジェイドさんにつきっきりで短い詠唱方法を習得していた。
どうやらニコラス殿下の詠唱は私のものでないにせよ長く、私に教えるメリットがなくなってしまったのと、王宮(国王陛下が住んでいる方)から呼びだされてしまい、私に構っている時間がなかったからだ。
「《去れ》!!」
最初に長かったものを短くするというのは大変で、三十語以上あったものを二十語に、二十語を十五語にというふうに順に短くしていき、夕方、日が沈むころには単語、多くても三語までには減らせていた。
離宮では死霊や魔物は出ないものの、あちらこちらで物理的な汚れは存在するので、その『洗浄』を行っていたら、だいぶつかめてきたのだ。
「うん、そうだ。手ごたえはどうか」
「結構いい感じですかね」
ニコラス殿下に成果を見てもらおうと、殿下のパッシブ発動の弱点らしい“疲れているとき”、すなわち訓練帰りの夕ご飯前に実践させてもらうことにした。
殿下の周りの塵や汗をとるイメージを脳内でしながら口に出す。
「失礼します――――《綺麗になれ》!!」
「ああ、本当だね。きちんと取り残しもとれているみたいだね」
おっしゃあ!!
とりあえず成功したようだ。
視覚的にもあのキラキラとしたエフェクトがかかっている。
「良かったです」
まあ、今は一応十七歳の少女だ。ガッツポーズは心の中だけで留めておいて、はにかむだけにした。
「じゃあ、この調子でこれから一週間、取り残しの『洗浄』を頑張ってね」
そっか。
今日で終わりじゃない。これからこの短いスタイルの『洗浄』に慣れなければならないんだ。
でも、なんだかこの生活が楽しくなってきた。
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