20.焦りと推測

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20.焦りと推測

 王都を出て三日後、北西部の街に私たちはたどりついていた。今までの貸し切り馬車と違って、王家から“譲り受けた”馬車はかなり乗り心地が良かった。 「一度だけ前に来たことがあるけれど、こんなふうだったのね」  アイリーンがしみじみと呟く。  どうやら彼女は私と出会う前にこの青い街並み、リエルに来たことがあるようだった。私と出会ってからは東海岸の方ばかり行っていたから、前に訪ねてから何年も経っているのだろう。  当たり前だけれど、今回は観光を兼ねていない。純粋なお仕事であり、見張り番というわけではないだろうけれど、騎士団の護衛付きだ。レオンさんは来たがっていたけれど、騎士団長という地位である以上、持ち場を離れるわけにはいかず、泣く泣く王都に留まることにしたらしい。 「ああ。アインよりも古い、かなり昔からある小ぢんまりとした商家街だ。王都に比べて気候が厳しいことから、昔の王様はここを王都に選ばなかったっていう話だな」  ジェイドさんの説明にへぇと頷く。  王都は比較的最近できたっていう話は聞いたことはあったけれど、それぐらいの街だったのか。  たしかに王都と言ってもいいくらい、ここを治める領主の屋敷は頑丈なものだ。 「“新種の魔物”の発見はここの街の南東部らしい。今日はここで一泊して、明日ギルドに一度顔を出してから向かおう」  王族御用達の宿もすでに押さえてもらっていたらしく、そこに入ると丁重なもてなしを受けた。夕食を食べながら明日の打ち合わせをしたが、あまり話す内容はない。というか、明日の状況によっては対策ができるのだろうが、今の状況ではただ“新手の魔物は目的をもって近づくと消えるし、『洗浄』が効かないのでは”ということしかわかっていない。だからジェイドさんの言うようにとりあえず出向くしかない。  アイリーンもミミィも同意見だったようで、反対せずに頷いた。  今回はそれぞれが一人部屋をあてがわれていたので、この世界に来てはじめて一人で過ごす夜になりそうだ。  限られた時間しかない。  私は三人と別れ、部屋に入って寝間着に着替えた後、短い詠唱での『洗浄』の訓練をすることにした。  窓を開けて、大きく息を吸いこみ、脳内でイメージしながら詠唱する。 「《浄化せよ》」  気配が変わったのが感じられた。都会ならではの少し塵っぽさが消え、空気が澄んだ。大した魔力を使ったわけじゃないけれど、深呼吸する。 「……――――こんなもん、かなぁ」  まだ大体の感覚しか掴んでいないけれど、でもこれを明日は実際に使わなければならない。もう一回くらい試してみようかな。 「一人で練習しているのか」 「ふわぁっ、ジェイドさん!」  いきなり声がかかったので、声をした方を見ると、斜め下の部屋だったらしいジェイドさんが窓から身を乗りだしていた。  ちょうど体を洗った後だったようで、普段は下ろされている前髪が左右にわけられていて、タオルを首にひっかけた姿は新鮮だった。  はい、そうです。  イケメンの湯上り姿という貴重シーンを見逃すまいと、自分が答えるよりもそちらを優先してしまう。 「そうか、いい心がけだな」  私は返答できていなかったけれど、彼はそれが答えだと言わんばかりに満足そうに頷く。  褒められた!  同じパーティの仲間であり、師匠であり……――――あとはなんだろう?  でも、今はそれで十分だ。ありがとうございますと頭を下げた私は、どんな表情をしていたんだろう。  ジェイドさんは少し困ったように笑ってもう遅いぞと言う。 「その調子で本番も行くんだぞ」  ですよねぇ。  今成功できても本番、“新種の魔物”を封じこめることができなければ意味がない。 「あ、はい!」  へへへっ。今ならなに言われてもへこたれない自信があるぞ、自分。  しまりのない顔をしていることに気づいたらしいジェイドさんはこらと軽く怒るように言うが、全然怖くないよぉだ。 「それはそうと、足首の調子はどうだ」  不意に話題を変えたジェイドさんの視線は私の足首にあった。 「足首?……――ああ、大丈夫ですよ。もうこのアンクレット、二年前からのものですし、最初見たときは驚きましたけれど、痛みも痒さもないので放ってあります」  そうなんだよねぇ。  生まれてすぐにはなかったけれど、アイリーンと二人で冒険しているときにはもうあった。  けれど、ちょうど足首に収まるそれは物理的に痛くも痒くもない。 「そうなのか、ならいい」  安心したような声に聞こえるのは幻聴……? 「なにか調子が悪ければ、早目に言え。おやすみ」  そう言って、ジェイドさんは部屋に戻っていった。  一方的に言われたことだけれど、どうやら本気で心配してくれているようだ。私ははいと素直に受け取っておく。  ユリウスさんと違って、その心配は本気のようだから。  ジェイドさんが言った通り、明日以降が本番。  最後一回、大きく息を吸いこんで詠唱を紡いだ。手ごたえは感じられた。  大丈夫……――きっと。  だって、ジェイドさんだっているもん。  いつもと同じはずなのに、いつも以上にゆっくりと眠れたような気がした。  翌朝、私たちは街の公営ギルドに来ていた。  ここの受付は男性らしく、眼鏡をかけ、有能そうな若いお兄さんだった。  私たちが用件を言うと、すぐに書類を引きだしから取りだしていた。  待って、そこって最優先人物(VIP)向けの棚だよねぇ? 「はい、王都ギルドから伺っております。必要な装備があれば遠慮なくおっしゃってください」 「ならば銀の杭と鉄の腕輪を」  受付のお兄さんの確認にジェイドさんは迷わず、二つのものを所望した。  それらは私たちの朝ごはんのときの打ち合わせでは一切、出てこなかったもので、アイリーンもミミィも、それに私もどこでなにに使うのかが気になった。 「なにに使われるのですか?」  受付のお兄さんも興味津々で、貸出品リストに記入しながら尋ねてきた。 「銀の杭は結界の強化、腕輪はスキルの強化と言えばいいか」  なるほど。  たしかに前世でも銀は浄化作用があるんだっけ……違うな。毒物と反応するから、それの関係で神聖視されていたんだっけ。  ということは、こちらの世界でも銀は“結界の強化”に使われるくらいなんだから、かなりの代物……――っていうことでいいんだよね。  鉄は……“スキルの強化”かぁ。  ローザさんのところで採れた“アイアンボート”はその硬さから武器に使われていることが多いけれど、ただの鉄では柔らかい。でも、魔術的、魔法的にはいいのか。  まだまだ知らない知識をここでも知ることができていいな。 「なるほど。でしたらこちらを」 「なんだ、これは」  お兄さんは銀の杭の箱と鉄の腕輪の箱を取りだした後、また別の箱を取りだした。  ジェイドさんはその箱の中身が気になったようで、少し眉をひそめた。 「前タプ卿がなしえなかった業績の一つ、南部の鍛錬技術を用いた銀と同じくらい美しい洋銀の杭、鉄よりも頑丈な鋼できた腕輪です」  なるほどねぇ。洋銀っていうと銀よりも安価だな……って、思ったけれど、うちでは主に鉄製品しか扱わなかったからなぁ。洋銀は前世ではたしか銅と亜鉛を混ぜたものだっけ……うーん。それでも亜鉛は屑扱いだから、組成が同じであれば安いのかな――――まあ、ギルドとしてはいくら王命といえども、できれば出費は押さえたいっていうところかな。 「それは……効果は保証してくれるのか」  ジェイドさんはどうやらそこが気になったようだ。  武器一つとったところで素材の質による差は出やすい。  今回は武器ではなく、魔物を倒すための補助基材だ。私自身はありあわせのもので毎回『洗浄』していたせいで、そういった知識に疎い。  ジェイドさんが尋ね、ギルドの職員さんがいいと言えばそれなりのものなのだろう。  ええ、もちろんですとお兄さんはにっこりした。アイリーンもなにも言わないことから、安全だと判断したようだ。 「わかった。ではそれを借りよう」 「承知いたしました」  ジェイドさんはひとつ頷いて、ついでにと無線のような通信機械も借りてから、ギルドを出た。 「で、ここが最近“魔物”が発見された場所ね」 「そうらしいな」  それから私たちはコケが生い茂っている洞窟前にやってきた。どうやらここがつい最近、“新種の魔物”が目撃された場所のようだ。  ミミィとアイリーンは離れた場所で採取依頼(クエスト)をしている。先ほど追加で借りた無線機のような通信機械を二人とも所持しているので、なにかがあったときには二人とも駆けつけれるようになっている。 「じゃあ、行くわよ」  ちょっとだけ自信がついたからか、私はジェイドさんの手をぐいと引っ張る。女の私に引っ張られてるのに驚いたのか、彼は苦笑いしつつも、一緒に来てくれる。  洞窟へ入る直前、ジェイドさんの『魔法壁』が展開したことに気づいたが、私も彼もなにも言わない。なんとなくその“特別感”が私には嬉しかった。  薄暗い中へ入ってから五分ぐらいした後、無数の瘴気が感じられた。  どうやらここでビンゴらしい。立ち止った私はジェイドさんの『魔法壁』に守られながら洞窟の奥に向けて、魔物を封じこめるようなイメージで、詠唱を口ずさんだ。 「《消えよ》!!」  綺麗に消えるように願いながら、腕輪に力を注入するような感覚を想像した。  が……―――――― 「あ、れ……?」  ダメだった。それどころか悪化しているような気がする。 「どうした」  ジェイドさんは私が固まった理由がわからなかったのだろう。 「前のあの鉱山では消えた魔物と同じ数だけ出てきたような気がするんですが、今回はそれ以上、封じこめることができた魔物以上の数が新たに出現しています」  そう説明すると、なに?と眉を吊りあげてしまった。  でも、もしかしたら気のせいかもしれない。そう思って、もう一度、二度と繰り返しイメージしながら詠唱する。 「《消えろ》!!……――――《消えよ》!」  私の少ない魔力でもかなり強く念じていたせいか、ちょっとへとへとになってしまった。少し息切れしてしまった私を見たジェイドさんは大丈夫かと気を遣いつつも、どうだと尋ねてきた。 「うーん……減ったのかなぁ?」  実際のところわからないというのが、正直な感想。  魔物の姿を実際に見たわけではないから、気配でしかつかめていないというのが実情だ。  また不完全な封じこめで終わってしまった。  せっかく一国の運命を左右する依頼だというのに、かなり悔しかった。 「大丈夫だ。もしかしたらこの先、正体が明らかになるんじゃないか」  帰り道、ジェイドさんはそう励ましてくれたけれど、本当にそうなるのかなって思ってしまった。  ギルドに報告した後、宿で合流したアイリーンとミミィにもきちんと報告すると、アイリーンは難しい顔をしながら考えこんだ。  全員の夕ご飯を食べる手が止まる。 「それは変ねぇ。私も訓練の合間に図書館に行っていろいろ文献を調べてみたけれど、『洗浄』で封じこめられない魔物は原初の魔王とその眷属の上級魔物だけ。ローザさんが言っていた特徴やあなたたちが感じた雰囲気から、“新種の魔物”は上級魔物ではないはずなんだけれど」  アイリーンは森の賢者(知識)であると同時に、私たちのためにいろいろ調べてくれたようで、その内容を聞きながら考えてしまった。  なるほど。 『洗浄』で封じこめられないのは魔王とその眷属の上級魔物だけ。でも、いつも顔を出すわけではない。ただの(・・・)上級魔物には知性はないはずなのだ。だから、だれか人の気配を察知したり、人が封じこめを行ったりしただけでは自身の種の存続を危ぶんだように見える行動をとらないはずなのだ。 「そうか……奴らの正体はなんだろうか」  ジェイドさんもその推測からなにも導くことはできないと気づいたようだ。 「ええ、ありうるとすれば原初の魔王が復活したと考えるべきなんでしょうけれど、すでに最後にいたとされる魔王ボティスとその配下と言われていたガープもこの世から消えて五百年以上と言われているわよねぇ」  前世と違ってこの世界のはじまりは創造主と原初の魔王の戦いからだ。  そして、魔王は全部で七十二柱いて、創造主とその子孫であるヒトによって魔王は討伐され続け、現在討伐が確認されているのは確実なもので五十五柱、残りの十七柱もすでにヒトの世から消え去っていると言われている。  その神話をジェイドさんもミミィも思いだしたようで、二人とも小さく頷いていた。 「ならば、魔王……ではない、別のもの……――たとえばこの世界を作った創造主が実はこっそり魔物を放ってましたとか、ですかね?」 「ああ……――――そうねぇ、ないとは言わないけれど、確率は低いかも」  私の想像に苦笑するアイリーン。  そうですよねぇ。  私自身もそれは想像がつかなかった。ヒトと対立しようとしている創造主。どこかの経典にあった“塔”ですかい。  私のへんてこな推測で不思議な魔物についての考察はなし崩し的に終わった。夕ご飯を取り終わり、食器類を片づけ終わった後、ジェイドさんが明日について切りだしてきた。 「じゃあ、明日はここから南西の方に下っていく」 「そちらでも目撃情報が?」  アイリーンの確認に頷くジェイドさん。  そうか。そうすればしらみつぶしにあたることになる。なんだか王国の一大事がかかわっているのにすごく楽しくなってきてしまった。  それに……――  南西というと王国を反時計回りに行くような感じか。っていうことはさ、ビリウの街のあたりも通るのかな。少しそこだけは複雑だけれど、でも、そうなってしまったら仕方ないか。  昨日みたいに部屋に戻った私は、明日以降の連戦(・・)に備えて練習はせずに早めに寝ることにした。
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