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7.魂までイケメンですよ、あなたは
「ううぅっ……」
さんざんお酒を飲みまくった翌日、馬車の中で私は死にそうになっていた。
二日酔いで。
基本、私たちが旅をする手段は貸し切り馬車だ。さすがに女三人、遠距離を歩いていくという選択肢は元からなく、多少金はかかるが、専用の馬車を行く先々で借りていた。
ほぼ初対面の男性一人と一緒の密室という環境だが、アイリーンもミミィもなにも言わない。ちなみにいつもアイリーンと私が並んで座ることが多いが、今日はアイリーンとミミィが並んで座っている。
今はそれどころじゃないっていうのもあるねぇ。
うん、原因は私。
いつもならば全然、悪路での揺れにも平気なのだけれど、やっぱり今日は無、理、だ……――
「うぐっ」
「大丈夫か」
「いいかどうかで言うと悪いです」
見るからに体調悪いのがわかったのだろう。ジェイドさんが声をかけてくれるが、無理なものは無理。
「……横になってろ」
完全に死んだ目になっている私にどうやら膝を貸してくれらしい。
さすがに狭いこの馬車の中で一シートすべて使うのは申し訳なかったので、そうしますと言って、ありがたく借りることにして、目的地までは眠らせてもらうことにした。
次に目を覚ましたときにはどこかの建物の中にいた。
どうやら私が寝ている間に、どこかの街の宿屋に入ったのだろう。赤い日差しが窓から射しこんでいる。アイリーンとミミィがいないことから、二人は買いだしに行ったみたいだ。
昨日のように若干、金銭感覚がずれているアイリーンだけれど、宿屋選びと普段の食料を買うときだけは普通なので、今は安心してもいいだろう。
しかし、先日と同じ状態な気がするのは私だけだろうか。
ジェイドさんにしっかりと覗きこまれているよね。しかも、彼の見え方とぬくもり的に……――
「すみませんでしたっ!!」
私は飛びあがって、真っ先に謝罪した。とりあえず起きあがったときの気持ち悪さはない。
馬車の中で膝枕してもらった挙句、おそらくまで運んでもらったのだろう。私の不注意なのに、申し訳なかった。
ジェイドさんは気にするなと私の頭を撫でる。
うぅ、優しい人だ。
やっぱり魂までイケメン判定しようかな。
私が変な感傷に浸っていると、ジェイドさんはしかし、お前も難儀だなと苦笑いする。
「お前がそんなんで大丈夫なのか」
「『そんなんで』とは?」
「あの長命族はかなり金銭感覚が怪しいし、猫耳族は世間知らずのお嬢ちゃんみたいだが。それをまとめるお前の役割は非常に重要なもんだ。そのお前が体調崩すなんて危なっかしいんだが」
ジェイドさんの指摘になるほどと頷く。間違っちゃいない。
でも、ここまで酔ったのはじめてなんだよなぁ。
「うーん、どうでしょう。なにせあれだけ飲まされたのははじめてなもので」
昨日は珍しくアイリーンもハイテンションだったし、なによりジェーンさんに飲まされた記憶が。
でも、多分、真実を言うとまた大変なことになるだろうから、言わないでおく。
「……そうだったのか。すまない。まあどちらにせよ無理はするな」
今はしっかりと休んでろ。
ジェイドさんはそう言って、ベッドに寝かす。
なんだかすっごい気持ちいいなぁ。
ふかふかの布団に包まれた私はもう一度眠りについた。
結局、私は翌日の朝まで寝てしまった。でも、昨日とは違ってかなりすっきりと目覚めたので、よかったのだろう。
朝ご飯をとりながら、今日の行動について話し合ったのだけれど、私が寝ている間、昨晩の買いだしのときに、ついでにこの街のギルドに行ってきたようで、すでに依頼を受けていたようだった。
今回は私の『洗浄』とアイリーンの薬草とり、ミミィのクオーツオーガ狩りを引き受けていたようだ。そんなに引き受けて大丈夫かと思ったが、ジェイドさんが難色を示してないことから、大丈夫だと判断したようだった。
三つの依頼の目的地はすぐ近く。
いつものように近くまでいってから、別行動をとることにした。
「じゃあ俺はミコの護衛をするから、存分に採取してきてくれ。ただし、無理は禁物だ。なにかあったらすぐ逃げろ。ギルドで合流だ」
あ。
一番忘れてはいけない部分をすっかり忘れていた。今まで私はアイリーンたちに『一人の方が楽だから』とか言ってたような。しかし、アイリーンたちはどうやらそれに気づいていない。
本当にすまない。
私はなにせ戦闘力皆無。彼が私の護衛をすると決めたのだから、それに従うしかない。
ジェイドさんが私たちのパーティに加入してから数日しか経ってないけれど、一番頼りになる存在だ。ミミィも彼が信用に足る人だと理解できてるのか、敬礼をして元気よく、了解ですっと返事した。
「あなたに指図されるいわれはないんだけれど。でも、わかったわ」
本来のパーティのリーダーであるアイリーンは少し不満そうだったが、それでも自分よりもきちんとできる人だと理解してるのか、文句を言うことはなかった。
そして私は……――――
ジェイドさんの目の前で緊張しながら『洗浄』することになりそうだ。『厄除け』を探知しやがった人とやるのは気が進まないが、戦闘力皆無なんだから仕方がない。
だから、今回からは『厄除け』は付与しないことに決めた。さすがに、本人の目の前で行使したらバレる可能性大だろう。王宮で監禁コースになるのは嫌。
ゆっくり冒険させろ。
ただ今朝、聞いたばかりの話では、どうやら彼曰く『Sランク以上のスキルはぼんやりとした『探索』できない』だそう。
所持スキルの一つ『探索』は、スキルが行使されたことを感じるスキルで、比較的汎用性の高いスキルだが、彼の魔力の量、そして所持スキルへ配分された魔力量ではごくありふれたものしか探しだせないそう。
道理で私と最初に出会ったとき、『スキルを行使した人間がこの周辺にいる』という部分はわかっていたようだが、『だれが行使した』『ピンポイントで行使した場所』はわかっていなかったようだ。
それはさておき、もちろん『洗浄』するときにやることは変わらない。
いつものように祭壇を組み立て、結界を張り祝詞をあげる。今回はミドリウサギ遭遇したときと比べて、澱みは少ない。
「掛けまくも畏き神の広き厚き恩恵を奉じ、高き尊き神のまにまに。家門高く身すこやかに世の為、人の為につくし霊たちよ、安らかに眠り給へ」
いくら澱みが少なかったとはいっても、やはり祝詞を奉じた後は、少し“気”が良くなっている(ような気がする)。簡易祭壇を片づけ終わると、お疲れさんと声をかけられた。
そうか。
今日からはこの人が護衛にいてくれたんだ。
ジェイドさんもその片づけを手伝ってくれる。
「お前の『洗浄』は独特だな」
「独特?」
片づけている途中で彼が尋ねてきた。しかし、私にはその独特という理由がわからない。そもそも詠唱スキルはこんなものではないのか?
アイリーンもミミィもスキルを発動させるのに詠唱を必要としないので、比較をしたことも考えたこともなかったのだ。しかし、それをジェイドさんは指摘してきた。
「ああ。そのスキルの発動は詠唱によるものだろう。だが普通、詠唱スキルに必要な言葉は短い。ひと単語もしくは、数単語。お前のように長文になるのは珍しい」
「そうなんですか」
ふむ、なるほどねぇ。
たしかに私の場合は前世が“巫女”という職業だったので、これが当たり前だと思っていた節もある。
私がなにかに思いあたったことに気づいたのか、そうだと頷くジェイドさん。
「俺のスキルも詠唱タイプだが、毎回毎回そんな長ったらしい言葉を紡がん」
あら。
ジェイドさんが持ってるスキルの中だと、『探知』はいちいち詠唱するのがめんどくさそうだから詠唱しなさそうだから、『分解』か『魔法壁』か……――
「《護れ》」
私の足元に向けてジェイドさんがそう言うと、私たちを取り囲むようにキラキラとした魔法陣が展開される。私も『洗浄』を使うと魔法陣が出るが、ここまでの輝きはない。
なにこれ。これがランクの差かい。
しかし、『《護れ》』ということは、『魔法壁』だったか。あまり守られてるという実感はわかかったが、こうあったかいものが来るような気はしている。
私が惚けていると、ジェイドさんが解説を入れはじめた。
「これは魔物などを寄せつけないための『魔法壁』。魔物は仲間の血のにおいに寄ってくる。そのせいでかなりギルドは危険な場所だ」
「狩ってきた獲物がほかの魔物たちのエサとなるということ?」
なるほど。
ジェイドさんがあのギルドにいたのはそういう理由だったのか。
魔物から冒険者や受付嬢、そしてギルド周辺の住民を守るために『魔法壁』所持者が、いるのか。
「そのとおり。だからギルドは常に危険と隣り合わせの状態だった。それが変わったのは三百年も前のことじゃない。『魔法壁』スキルを持つ人間がギルドの職員として常駐することが各ギルドに義務付けられた」
ジェイドさんは私の『洗浄』荷物を持ち、アイリーンやミミィとの合流場所に向かって歩きはじめ、そこで解説をしてくれるようだ。
「とはいえども、『魔法壁』はSランクスキル。持っている奴は少ないから、当初はその所持者を巡って奪いあいが起きた。けれど、そうであってはならないと感じた昔のお偉いさんが『魔法壁』所持者を国家で雇い、各ギルドへ派遣するという方式に切り替えた」
「じゃあ、ジェイドさんも……?」
たしか『ここの安全をつかさどる方』と受付嬢にごねられていたし、それに対してジェイドさんは『俺の直属の上司』という言いかたをしていた気がする。
「ああ。こないだギルドで受付に言ったとおりだ。俺には本来の上司がいて、俺がパーティに加入することによる損害の尻拭いをしたと」
はっきりと彼は頷いた。
マジか。
直接の上司がだれかは知らないけれど、ギルド所属じゃないなんて響きだけはかっこよすぎるんですけれど。
「あれはでたらめやハッタリじゃない。本当のことだ」
受付嬢もジェイドさんも嘘をついてないということか。
私とは大違いだ。
「だから、お前も見ただろう?」
ジェイドさんの言葉にそういえばと思いだす。
私たちがあの街を離れる前の日の夕方、一人の男性と引き継ぎをしていたことを。たしか深い緑色の髪をした男性。
「そう。あれがあのギルドの新しい守護者であり、『魔法壁』の所持者」
私の推測に頷くジェイドさん。
でも、あの男の人には申し訳ないことをしたんじゃないのか。だって、都市部とはいえ、王都から結構離れている場所にこさせられたんだから。それにもともとの自分の仕事だってあったんじゃないのかな。
私が黙りこんでいると、大丈夫だと頭を撫でてくれた。
「別に気に病むことはない。本当にどうしてもダメだったら許可は下りてない。それにあの男も楽しみにしてそうだったからな」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
私の心配は杞憂だったらしい。ジェイドさんが空いている手を私に差しだしてきたから、それをしっかりと握る。その手はすごく温かいものだった。
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