8.お茶を濁すっていう言葉を知らない

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8.お茶を濁すっていう言葉を知らない

 合流場所に着いた私たちだったけれど、まだミミィとアイリーンは帰ってきてなかったので、近くの岩に腰を下ろしていた。 「で、詠唱なんだけれど」  さっき『魔法壁』の話から脱線してしまったが、元は私の詠唱が長いという話だったはず。言われてみればジェイドさんの詠唱はかなり短い。 「……――ああ。俺が言いたいことわかっただろ?」 「うん。たしかに私のは長いね」  はじめて見た他人の詠唱はすごく簡単なものだった。今まで詠唱中に魔物に襲われなかったということは奇跡のようなものだった。 「お前の場合、身を守る手段がないからとくにそうだが、あまりに長いのは不利だぞ」 「うーん……」  そうはいってもねぇ。気は乗らないんだよなぁ。  たしかに“綺麗になれ!”とか、“片づける!”とか簡潔な言葉でスキルを行使できるって、かっこいいけれど、多分私には向いていないんだろう。 「気が乗らないのか」 「そうなんだよねぇ。あれはあれで、オリジナルの魔法っぽくて格好良くない?」  また(・・)私はごまかすことにしてしまった。でも、今は前世のことは言えない。『厄除け』のこともあるけれど、まだそのときじゃない気がする。 「お前らしいな」  ジェイドさんは私のそのごまかしに呆れたような笑みを向けるが、それでも押しつけてくるようなことはしない。  どういうことだと思ったら、こっちを向けと顎に手を添えられ、彼の方を向かされてしまった。 「これから先、ずっとお前のことは必ず俺が守る」  ふぁ……――――  マジですか。  青色の目に吸いこまれそうなんですけれど。  全部話して、楽にさせてくれ。  ジェイドさんの真剣な目は私を虜にした。 「なんか告白みたいだね」  とはいえ、今この段階で、すべてを話すわけにいかない。  まだ私の外国放浪生活の夢が残ってるんだから。私はジェイドさんにからかうように頬をつついた。 「男をからかうんじゃない」  からかったはずの私よりも、ジェイドさんの方が顔が赤くなっている。はぁいと言って、私はしぶしぶ手を下す。  ジェイドさんがいると外国放浪できないにもかかわらず、この生活がずっと続けばいいのにって思ってしまった。  そのあと少し気まずい雰囲気が続いたが、ミミィとアイリーンが帰ってきたことによって、その雰囲気がうち破られた。前回の依頼、ジェイドさんとはじめて会ったときの収穫と同じくらい、アイリーンは薬草を籠一杯に、ミミィは小型の魔物を木箱一杯に詰めて帰ってきた。 「今日もいっぱい取れました!」 「よかったね」  今回は大型の、どう猛な魔物は依頼対象に入っていなかったけれど、ミミィは嬉しそうだった。はいっ!と機嫌よく返事し、台車に乗せる。 「じゃあ、陽が沈まないうちに報告しにいくぞ」  いつもは移動だけで疲れてしまうので、翌日報告しにいくことが多かったが、今回からはジェイドさんが増えたので、移動も楽になりそうだった。  この街のギルドは前に寄ったギルド、すなわちジェイドさんがいたギルドに比べると、シンプルで、武骨さのある雰囲気だ。職員さんも女性よりも男性の方が多いんじゃないのか。『洗浄』の報告書の確認と『調査』の品物チェックをしてもらっている間、冒険者たちが次々と出入りするのを眺めていた。 「ギルドっていってもいろんな雰囲気があるのね」  アイリーンもそれを感じとったのか、言葉を濁しながら比較した。 「そうか、ここら辺ははじめてだったか?」  ジェイドさんに驚いたように見られたが、三人ともはじめての土地だったので頷いた。 「ここら辺は古くから鉱石や貴石などがとれるから、その工夫(こうふ)たちや一攫千金を狙う冒険者が多い。だから、ほかのところ比べると筋肉ダルマが多いはずだ」 「筋肉ダルマって」  あえてアイリーンがぼやかしたのに、ジェイドさんはずばりと言って、受付で職員さんと話している一団を指さした。  うん。たしかに筋肉ダルマだし、私たち以外は八割以上が筋肉ダルマの冒険者。  こんな人たちに取り囲まれたら……考えるだけで怖いよぉ。 「とはいっても、基本、ギルドに所属している以上、無法者はほとんどいない」  だから安心しろ。ジェイドさんは私が考えていることへの気休めを言ってくれた。 「それにさっき俺らが受けたような普通の依頼(クエスト)もあるから、普通の連中もいる」 「へぇ」  私は『洗浄』依頼後のやり取りを思いだしながら、なにかあってもこの人が守ってくれるんだろうという安心感を抱いていた。  無事に報告書の受領と、採取してきた薬草類、魔物の鑑定が終わり、依頼料を受け取った後、夕食をとるべく街へ出た。  さっきジェイドさんが言っていたように、街中にも採石場で働いているような大柄なごつい男性が多かった。そんな人たちと関わらないよう隅っこを縫うように歩いていると、後ろから声がかかった。 「ねぇ、そこの冒険者さんたち」  私たちが振りかえると、年齢不詳のお胸が大きいお姉さんがいた。なんかこう前世でいう夜の職場で働いている人だろうか。しかし、その人は夜の街にもかかわらず、大きなフードをかぶっているからはっきりとした容姿はわからなかったが、それでもかなりきれいな人なんじゃないかと思わせる香り(・・)だった。私たちを手招くお姉さん。 「わっちの店で食事をしないかい?」  おもわず顔を見合わせてしまった。この申し出、受けても大丈夫なんだろうか。
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