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「ねえイノ。私はね、生きていくためには正しくないことをする必要があると、たまにそう思うんだよ」
少女が上からそう言って、イノと呼ばれたイノシシが下から答える。
「突然どしたの、カザリ。『正しくないこと』って残り少ない食料の、それもイノシシの大好物であるタケノコをボクの許可をとらずに食べるような、そんなこと?」
カザリと呼ばれた少女は頬を掻いた。
「……ごめんってば。さっきは悪かったよ。でもそうじゃなくて。必ずしも正しいことばかりじゃ命を守れないってこと」
「なんでそんな当たり前なことを?」
「こんな綺麗な星空を眺めるとね、それとは反対に綺麗じゃない――正しくない、汚れたことを考えちゃうものなんだよ」
「そういうものかなあ」
イノは夜空を見ようと太くて短い首を上に向けた。
「うわっ。落ちちゃうよ、イノ」
手作りの鞍と鐙で乗りやすくなっているとはいえ、もともとイノシシは人間が乗るために生まれてきたわけではない。
カザリは姿勢を崩し、イノのお尻の部分に載せてある旅荷物にぶつかりそうになる。
ごめんごめんとイノが謝って、
「人間ってのはよくわからないね。今夜みたいな流星群を見たってお腹の足しにはならないのに。……そういえばカザリ、知ってる?」
「この星がお日さまを中心にまわっていることだったら前にイノが教えてくれたよ。世間の常識と違うからびっくりしたもん」
イノは不満そうに鼻を鳴らした。
「そのことじゃないよ。流れ星ってね、星じゃないんだよ。宇宙に浮いているチリとかクズの集まりの中をボクたちがいるこの星がくぐることで、それらがまるで星が流れているように見えるんだ」
「知りたくなかった。チリかぁ。夢がないよ、イノ」
「それは失礼。でも世の中には間違った常識なんていくらでもあるよ」
「他にも何かあるの?」
「知りたい? 知らなくても生きていけるけど」
「気になる……けど、また夢がない話だったら嫌だなあ」
カザリは苦手な野菜を食べなさいと言われた子供のように顔を歪めた。
「ちょっと難しい話なんだけどね。たとえばモノとモノの間には引っ張り合う力が――あ。ねえカザリ、あれ」
「なに? タケノコでも見つけた?」
「人がいる。右側の丘のほう」
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