命の解放

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木々に挟まれた一本道を歩くこと10分。 鎖骨くらいまで伸びた髪もお風呂上がりのように濡れ、首回りに纏わり付く。 少し息を切らしながら歩いていると、ようやく木々に挟まれた一本道から抜けることができた。 今度は“水月神社”と書かれた木製の看板が立っている。 その先には、名前のない湖が一面に広がっていた。 その広々とした湖に浮かぶ鳥居は、来た者の視線を真っ先に集めるだろう。 広さに圧倒されながら、どうしてもその鳥居がどこか不思議な雰囲気を漂わせているのだ。 大きい雨音が、全ての音を消す。 その音に慣れてしまえば、音のない世界の完成だ。 私だけの世界にいるようで、雨の日にここへ来ることは苦ではなかった。 むしろ雨でありがたい。 この場に来た時だけは、嫌なことも全部忘れられる。 ゆっくりと木製看板の横を通って、湖の近くまでやってきた。 小舟に乗って、その鳥居をくぐれば知らない世界が待っていないだろうか。 そんな子供染みた発想をしてしまうほど、今この場から逃げ出したくなる。 いつの間に生き辛い世の中へと変わってしまったのだろう。 いつになったら私はこの状況から抜け出せるのだろう。 湖の際まで寄り、一度深々と頭を下げてから屈んだ。 そっと手を伸ばすと、ヒンヤリと冷たい水に指先から、順を追って体が冷えていく。 9月を終えたばかりの現在(いま)、ようやく気温が下がっていた。 けれど水月神社は自然に囲まれているため、夏でも涼しい場所となっていた。 このまま冷たい水の中に沈んでしまえば、楽になれるだろうか。 雨に打たれている感覚が薄れていく。 慣れというものは恐ろしい。 ゆっくりと目を閉じる。 静かな空間が心地いい。 それから手を手を合わせて、名のない湖に宿る神様に願う。 ───どうかこの安らかな時間が長く続く日が訪れますように。 週に一度、必ずこのように願いを込める。 安らかな時間が増えるほど、自然と苦しみも減るだろうと思った。 仮面夫婦を演じる両親も、冷たくなった兄も、離れていった友達も、みんな大嫌いだ。
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