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「自殺は両親を怒らせ、イジメた者たちを喜ばせます」
「君は何か勘違いしている。
自殺だと思わせなければ良いんだよ」
その時、雨がさらに強く降った気がした。
神様は空を見上げ、薄気味悪い笑みを浮かべる。
それでも絵になるように美しい神様は、まさに水月神社に宿る神として相応しかった。
「ああ、湖の水位が上がってきたね。
このままでは氾濫の可能性も考えられる」
「もしかして…」
「さあ、私と一緒に来ないか」
神様の意図が伝わった気がした。
自殺ではなく、事故に見せかけて私をこの苦しみから救ってくれるようだ。
手を差し伸べられ、神様が自分の居場所を用意してくれているのではないかと期待してしまう。
覚悟を決めて、その手を取った。
きっと湖の中は冷たいだろう、苦しいだろう。
けれど我慢すればすぐに解放される。
「大丈夫、私に身を任せなさい」
神様は私の手を引いて、音もなく湖に飛び込んだ。
あとに続いた私は咄嗟に息を止めて目を閉じたが、不思議と水の感覚がなかった。
まるで宙に浮いているかのような感覚に陥り、水中は温かい気がした。
「目を開けないか。
今からせっかく鳥居を通るんだ」
神様の手を引かれるままに体が動く。
恐る恐る目を開けると、驚くことに水の痛みが感じず、ゴーグルをはめている時以上に視界がはっきりとしていた。
濁りの少ない半透明な水中。
いつもより近い場所にある赤の鳥居は、水面上から湖底にかけて堂々と存在していた。
ああ、最期に美しいものが見られた。
ここを通れるだなんて、夢が一つ叶ったも同然だ。
きっと鳥居の先には、まだ見ぬ世界が待っていると信じたい。
そろそろ息苦しくなってくるだろうか。
不安に思っていたけれど、その息苦しさは訪れそうにない。
それよりも、息の仕方を忘れてしまった。
水中で息などできるはずがないけれど、また一つ不思議な現象だった。
「さあ、鳥居を通る前に何か一つ願ったらどうかな」
神様は私に笑いかける。
優しい笑みは、安心感を抱かせてくれた。
願い、それは───
私の周りの人たちが真っ当な人生を歩みますように。
これまで散々神様に私のことばかり願ってきた。
最期くらいは、周りのためになることを願おう。
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