161人が本棚に入れています
本棚に追加
「私はこの苦しみさえ解放されたらいいんです」
どこか遠くに行きたい。
周りの環境をリセットしたい。
まだまだ子供の私はそれができないため、願う以外に逃れる方法が思いつかないのだ。
「ああ、君こそが心清らかだと言えるだろう」
「それは人のために動ける者に対して使うべき言葉です」
「私が勝手に思っているのだ、君には関係ない。
ただ───」
神様は私から視線を外し、再び鳥居に目を向ける。
「このまま君が、苦しみながら生き続けるのだと思うと惜しくて仕方がない」
「えっ…」
「君は寿命を迎え、老いぼれた状態で死ぬ可能性が最も高い。あるいは若いうちに病に侵される可能性もゼロではない。はたまた、事故や自殺という選択肢も考えられる」
「何が言いたいのですか?」
「本当に苦しみから解放されたいと願うのなら、私の湖に飛び込んでみないか」
思わず言葉を失った。
神様の指す言葉は、“死”が連想されるものだったからだ。
確かに今すぐ自ら命を絶てば、苦しみから解放されるだろう。
正直、何度も“自殺”の単語は頭を過っていた。
けれど、命を捨てたところで悲しむ者はいない。
自殺したと知れば、両親は私に対して怒り狂うだろう。
息子は非行に走り、娘は自殺。
仮面夫婦で幸せな家庭を偽るつもりが、見事に崩れ去るのだから。
極限状態に追い込まれた娘にどうして気づけなかったのかと責められるかも知れない。
そうすれば私は、二人から恨まれる可能性も考えられる。
「君は本当に他人思いだね」
「……また読んだのですか」
「そうか、君は自殺も考えていたんだね。
それなら尚更、醜い死に方は止しなさい」
「でも神様は私に命を絶たないかと誘ってきました」
「ああ、誤解しているようだ。私はただ、君には美しく死ぬ価値があると思ったんだ」
美しく死ぬ価値があるだなんて…まさか神様に、湖に飛び込むという死に方を勧められるとは思いもしなかった。
最初のコメントを投稿しよう!