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赤く、紅く
通勤通学にマスクが必須になって、どれくらい経つだろう。新型インフルなんてメじゃない。していない人なんか見ないくらいに、街中は使い捨てマスクで溢れている。
資金力のある会社は、入り口にエアシャワーと殺菌室を設けたらしい。
公立学校にそんな甲斐性があるわけもなく、俺たちは毎日せっせと手洗いをする。
もうじきクリスマスだというのに水道から出るのは水だけだから、皮膚がかさかさだ。アルボースじゃあ不安だからと、教師の指導で毎朝日直が塩素系漂白剤を薄めた殺菌水を作る。登校したらまずはそれで消毒してから教室に入るんだ。
そのうち全員指紋が消えるんじゃないかと思う。
まだこのウイルスが広まる前、親に渡されたマスクすら着けるやつが少なかった頃、たまたま電車内で罹患者を見掛けた。
学校の最寄り駅に近付きドアへと効率良く移動するにはどう体を差し込めばいいかとシミュレートしているときに、喉に手を当てた男性が、やけに血走った目を見開いて口を半開きにしているのに気が付いたんだ。
車内が息苦しいのは同意するから、そういうのに過敏な人なのかと思った。大体いつも同じ電車には乗るものの、どの車両のどこら辺に乗るか決めていないから、いつもその人がいたかどうかも判らない。
がくん、とつんのめるように停車した瞬間、隙間に肩をねじ込みながら進んでドアから吐き出され、ピリリリリリと甲高い合図がざわめきで掻き消されるのを受けて、振り向いた。
さっきの男性を中心に、放射線上に無人地帯ができている。
ドア近くにいた誰かが隙間に指を入れて力づくで開けようとしているが、既に閉じているドアはそう簡単には開かないらしい。
誰もが目を血走らせていた。
中心の男の眼は、何か別の生物であるかのように、白目が消えていた。
見える範囲の全ての隙間から、溢れる紅色。朱ではなく、濃い紅。
プツプツという音すら聞こえそうなほどに、じわりと染み出す液体が。男を、車内を、乗客の眼を赤く紅く染めていった。
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