この世界に言葉があるかぎり

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 雨が降っていた。地面を激しく叩き、叫びをも打ち消すような雨音を鳴り響かせながら。  やまない雨はない。しかし、僕はここ最近、晴れ間というやつを見た覚えがない。だから僕は今日もコウモリ傘を差して外を出歩くのだ。  雨には言葉が詰まっている。どれも罵詈雑言ばかりだ。それらが傘を突き破らんばかりに鋭くなって打ちつける。  バカ、アホ、クズ、のろま、ブス、ちんちくりん、役立たず、泥棒猫、気持ち悪い、マヌケ、ポンコツ、怠け者、お荷物、クソ、くたばれ……。数えきれない罵りは、幸いにも僕の傘に穴を空けることはない。  地面には悪口だまりができている。足を突っこめば、たちまち悪口を浴びてしまう。僕はそれを避けながら、先を進んだ。  言葉の雨のほとんどは、街渠(がいきょ)に流れてゆく。それらはたちまち鋭利を失い、まろやかになっていく。けれども最近は、あまりにも膨大な雨水のせいで川が氾濫して、罵詈讒謗(ばりざんぼう)の洪水が起きている。こうなれば、僕らは逃げることしかできない。  雨は、まだしつこく降りつづいている。すれ違う人はいない。こんな雨の日に、わざわざ外出するもの好きなんて僕ぐらいかもしれなかった。目的地はもうすぐそこだ。
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