星拾い

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「そろそろ始まる。外へ出よう」 「わかった」  テオは素直に従い、袋を手にした老人を追って家を出る。  少し歩いて場所を見繕った男は、立ち止まって満天の星空へと顔を上げた。  それを真似して、テオも目映(まばゆ)い空を眺める。  虫も獣もいない山に、草を撫でる風がかすかな音を響かせた。  まだ早かったのか、二人は首が痛くなるまで待つことになる。  我慢し切れず、質問しようとしたテオを老人は右手を上げて制した。  その手を斜め上に挙げて、空の一点を指差す。 「……あっ、うごいた!」 「目を離すなよ。見失わないように」  ゆっくりと、星の一つが揺れていた。  右へ、左へ、また右へ。  彷徨(さまよ)う光点は、じわじわと大きくなっていく。  地表に近づいているからだ。  その落下速度は、雪よりも、落ち葉よりもずっと遅い。  それでも動きが止まることはなく、星は着実に下へと向かう。  落ちる地点に見当をつけて、老人は星の真下へと移動した。  見上げるのは更に辛くなるが、すぐに手が届くだろう。 「星は手で受けてやった方がいい。地面に落ちたときは、そっと土ごと(すく)ってやれ」 「こわれるの?」 「いや、光が濁るんだ。少しだけな」  袋をテオに持たせた老人は、両手で椀を作って星を待つ。  構えたその位置に、見事に光の球は着地した。  手に持つと、星は案外に大きい。子供の拳と同じくらいか。  テオが開いた袋の中へ、老人は静かに星を入れた。  袋越しにも、未だ光が透けて見える。  色は白、混じりの無い純白の光だった。 「これでおしまい?」 「まだまだ続く。次はあっちだ」  続いて二つ目の星が、家の近くに降る。  屋根に落ちると拾うのが面倒だと、老人は星に視線を向けたまま子に語った。  物置の奥に梯子が据え付けてあり、そこから屋上へ出られるのだとか。  三つ目は、また家から離れた所へ。  そこから時計回りに山の上を歩き、四つ五つと袋へ収めていく。  同時に二つの星が降ることはなかった。  間隔は疎らながら、順に袋の星が増える。  袋が眩しいくらいに光を湛える頃、次が最後の星だと老人は宣言した。  十八の星を集めた彼らは家に戻り、暖炉の前にしゃがみ込む。  まだ日の出は遠い。 「ここからもう一仕事ある。星を還さないと。お前もやってみるか?」 「うん、どうしたらいい?」  作業自体は単純なものだ。  袋から星を一つ取り出し、暖炉の中へ据えるだけ。  置かれた星に向けて(こうべ)を垂れ、ただ一心に(ゆる)しを乞う。  行動はなぞれても、テオには心持ちの説明が難しかったらしい。 「なにをゆるしてもらうの?」 「罪だ。咎人(とがびと)は、一心に救いを願うしかない」 「……よくわかんない」 「そのうち分かる。星を拾い続ければ、少しずつ思い出すだろう」  老人の思いが通じると、星はふわりと浮き上がり、煙突を通って天に昇った。  星を置くのは子に任せ、老人は暖炉から離れて祈りに励む。  十八の星を順に送り返しつつ、彼は伝えるべきことを話し続けた。  内なる声へ、耳を澄ますように。  山は各地に点在するので、声を頼りに次へ赴け。  繰り返すことに意味がある。飽かず、疑わず、逃げないように。  罪は消えたりしない。非道を為した者は、それに見合う(あがな)いが用意される。  そうと知っていれば、男は踏み止まっただろうか。  問いに答える者は、ここにいない。  次の山では、星が十九に増えるだろう。  星は星に。  悔恨は天へ。  袋から溢れるほど星が増えたとき、何か変わるのか。  これもまた、問う価値の無い疑問である。 「ねえ、おじいさんの名前は?」 「それもいずれ分かる」 「ずっとこれをつづけるの?」  返事は無い。  訝しんだテオは、後ろを振り返る。  老人はどこにもおらず、彼が座っていた床には、まだ小さな星が落ちていた。  暫しその星を眺めた子は、優しく拾い上げ、暖炉の中へと移す。  この世界は、テオのために造られた。テオしかいない。  老いたテオは星となり、煙突を昇っていった。 了
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