君に溶けて

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 ピンポーン。扉の向こうでベルが鳴る。  扉が開き、先ほどキスをしていた男が出てきた。色黒で、中年体型の男。 「はいはい、ん? なんだ?」  男は僕を見下ろす。 「あの、朝早くにすいません。明香里さんのクラスメイトの竹田っていいます」 「あ? 明香里のクラスメイト?」 「はい」  男は僕の頭からつま先までを一通り見てから僕の顔に視線を戻す。 「それで? 明香里のクラスメイトが朝からなんの用だ?」  自分より年下だと知るや否や僕を見下すような口調になる。  なるほど、身長は高め、プライドも高め、と。 「えっと、明香里さん最近元気がないんですが、何か知りませんか?」 「元気がない? おかしいな、家ではいつも元気だけどな」  男はわざとらしく眉をあげる。 「あの、明香里さんは今いますか?」 「あ? 知らないなあ、昨日の夜部屋を見た時はいなかったなあいつ。ったく、どこで何してやがんだか」  夜部屋をのぞいた、ね。 「あの、突然だとは思うんですけど、僕明香里さんのこと好きなんです」 「……は?」 「美人じゃないですか、顔も整ってて。あなたの気持ち、少し分かります」 「……いきなりなんの話してんだ」 「独占欲って言うのかな、こういうの。自分だけのものにしたい感情」 「頭おかしいのか」 「だから、少しわかりますよ。手を出しちゃう気持ち、少しですけど」 「手を出すって、何言ってんだ、そんなことあるわけ――」 「明香里さん、今僕の家にいるんだよ」  頭が追い付いていないのだろう、男は目を丸くして僕を見て、頭を掻きながらため息をついた。 「お前は何がしたいんだ? こんな時間に家まできて、いかれてるだろ。今時のガキはなに考えてるか分かんねえな」 「……もしかしたら、明香里さんのことが欲しいのかもしれない。でも――」  その言葉を聞いて、男は笑った。 「はっ、なんだお前も俺と同じか。残念だけど、あいつはもう俺のだよ」  僕は今までに、こんなに下衆な笑いを見たことがあっただろうか。  聞けば聞くほど不愉快なのになんだか少し、悲しそうにも見える。 「可哀そうだな、あんた」 「は? お前も同じだろ、明香里のこと家に連れ込んで、欲しかったからだよなあ?」 「違うよ。僕は明香里さんのことが好きなんだ。自分のものだって主張して、押さえつけてなきゃ安心できないお前とは違うんだよ」  男は僕を突き倒した。 「クソガキが。まあお前に何かできるわけでもないけどな、高校生の小僧に変えられることなんてなんもねえよ、あいつはずっと俺んだ。分かったら帰れ」  男は笑っている。  家を出てからどのくらいの時間が経っただろうか。この辺は人通りが少ないな。  ゆっくりと息を吐いた。  僕は立ち上がり、腰に隠していた包丁で静かに男の腹部を刺した。振り出した雨の、最初の一滴が地面に落ちるように静かに。  ――もしかしたら、明香里さんのことが欲しいのかもしれない。でも、独占するより自由でいて欲しいって、思っちゃうんだよ。
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