君に溶けて

4/12
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 駅に着くころには、空は灰色を混ぜ合わせたように薄暗くなっていた。その代わりに、街灯がやビルの明かりが我先にと目に飛び込んでくる。  あれから清水さんとは駅に着くまでほとんど話さなかった。  話したことといえば、どこに住んでるのかとか、そんな会話だ。ちなみに清水さんは僕の家がある駅から二つ隣の駅に住んでいた。意外に近くて彼女も少し驚いてたな。    三日後の放課後、再びの進路指導があり、前回と同じやり取りをして学校を出た。  その日は雨まじりの曇りで、黒く分厚い雲が出しゃばって太陽を隠していた。  一応傘を持ってきた僕、有能だ。  前には誰もいない。今日の帰り道は一人のようだ。  早く帰って、ゴロゴロしよう。  思春期だなんだと言っても。結局何もしないから何も変わらない。そんな自分が嫌いなのに、そこは嫌になるほど居心地良く感じる。僕が変化を求める先は、自分じゃなくていつだって周りだ。  なるほど、確かに僕は呆れるほど人間だ。    目が覚めるとまだ外は暗くて、雨は少し勢いを増していた。  雨が必死に窓を叩く。お前もこっちに来いと、そう言っているかのように。  雨風が少し強くなると、それに応えるように無性に外に出たくなる。  なんでだろうな。  玄関で靴を履いてると、突然電気が点いた。 「どこ行くの」  振り向くとそこには母さんがいた。少し怒っているような顔だ。 「ちょっとコンビニに行くだけだよ」 「だめよ、何かあったらどうするの」 「大丈夫だよ、すぐそこだし。ちゃんと周り見て歩くから」 「それでもっ……あなたにまで何かあったら」 「母さん……大丈夫だから、行ってくるね」 「ちゃんと、歩きなさいね」 「うん」  母さんは扉が閉まるまで、そこから何も言わなかった。  あそこまで過保護なのには理由がある。  姉さんと、重ねているんだ。  去年姉さんは交通事故にあった。ちょうどこんな夜で、雨と風が少し。  姉さんは今の僕のようにコンビニに少し出かけてくると言って家を出たきり、帰ってこなかった。  電話を受けた時の母の泣き声と父の震える肩を、忘れることは出来ないだろう。  二十一歳でいなくなった姉さんは、幸せだったのだろうか。  大学生で、恋盛りで、人生なんてこれからだったのに。  僕はその時から、何かに興味を持つことが無くなった気がする。空っぽ。近い人間が死んだっていうのに、たった一年で随分と色褪せてしまった。  駅前のコンビニに来たが、特に買うモノはなかったので缶コーヒーを買って、駅の階段下で雨宿り。シャッターに寄りかかる。  傘は持っているがもう少しだけ、ひんやりと湿り気を帯びた秋の夜を、体に取り込みたい気分だった。  しばらく、水滴をこぼす雲とにらめっこしていると、ずぶ濡れのベンチに座っている人影を見つけた。暗くてよく見えないが、それ程大きくはない。女性か子供かな。  コーヒーを飲みながら観察していたのだが、うなだれたまま動かない。  人形か死体か。  空になった缶を捨て傘をさす。 「……あの」  ずぶ濡れのそれは僕の声に肩をびくつかせた。  なんだ、生きてるじゃないか。  顔をゆっくりと上げて、僕と目が合う。  瞬間、お腹の底からこみ上げるような焦りが体を走った。 「清水さん?」 「……竹田、君」  遠くから何かが近づくように、傘を叩く雨の音が少しずつ勢いを増していた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!