君に溶けて

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「私の両親ね、離婚してるのよ。四年前に離婚して、私は母に引き取られた。よくある話よ」  そう話し始めた彼女は、ティーカップを見つめていた。そのまま紅茶の中に溶けて行ってしまうような。  そんな目。 「お互いに不倫をしてたの。だから、別れた後も早かったわ。父はイギリスのハーフだから新しい女とイギリスに帰っていって、母と私の元にも新しい男が来た。母が私を引き取るとき、やたらと私に執着していたわ。今まではそんなことなかったのに、邪魔者のように私を扱っていた母が。不思議だった。やっと私の存在を認めてくれるようになったと思った」  彼女は蜂蜜を少し紅茶に入れた。綺麗に透けた黄金が、紅茶と混ざりあう。  ていうか、お父さんイギリス人のハーフだったのか。 「でも、それは違った。母は、私をあの男に貢いだのよ」 「貢いだ?」 「あの男は私のことが欲しくて母に近づいていた。多分、母もそのことには気づいていたでしょうね。あの男が仕事で家を空ける度に、母は私を殴った。自分は娘の次なんだと分かっていたから、耐えられなかったんだと思う」 「なんだよ、それ」  戸惑う僕の顔を見て、彼女は少しだけ微笑んだ。 「でも、あの男が私に手を出さなかった日は、母も私に手を上げなかったわ。その時だけは、自分が愛されていると、求められていると感じたのかしら」 「でも、それでもおかしいよ。その男も、清水さんの母親も、おかしいよ」 「ありがとう。でも、そうね、母は可哀そうな人なのよ。父が不倫をしていることに気が付いていたのに、捨てられるのが怖くて言い出せず、仮初でもいいから自分を愛してくれる人を探していた。その相手にさえ、自分が愛されていないことに気が付きながらも、必死で愛されている自分を演じているのよ。壊れないように、自分をだまして」  僕は空になった自分のティーカップにもう一杯紅茶を注いだ。 「それでも、清水さんがそんなに、その、苦しむ理由にはならないんじゃ、ないかな。僕には詳しいことは分からないけど、清水さん言ってたじゃん。自由になりたいって。あれって、そういう意味なのかなって、今の話を聞いて思った」  蜂蜜入りの紅茶を一口飲んで、彼女は眉を顰める。 「確かに言ったわ。でも無理なのよ。私は何の力もないただの高校生。あの男が私に手を出すのも止められないし、母が振るう暴力だって止めることが出来ない。それとも何? 竹田君にはそれが出来るっていうの? あの男を止められる? 母の暴力を止められる? 無理でしょ。もう私は疲れたのよ。言葉では何かを期待しても、その何かが来ないことは私が一番よく分かってるわ。大っ嫌いだわ、あの男も、何もできない私も」  彼女の口調が強くなり、目が赤みを帯びている。 「それでもさ、清水さんは自由になりたいんでしょ」
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