その言葉は魔法

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「あれ? なんか今日はいつもと違うね」 そう言うと、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。 「えぇー、分かる? 今日からチーク変えてみたんだー」 「あ、やっぱり? そうかなって思ったんだよねー」 だって君、さっきから俺に何か言って欲しそうにチラチラこっちを見てたからね。 彼女だけじゃない。例えば、メイクを変えた時。髪型を変えた時。新しい服を着てきた時。男でも女でも大抵の人間は気付いて欲しくて、その為のサインを発している。だから俺は、そのサインを出している人にこう言ってやるだけだ。 「いつもと違うね」「綺麗になったね」と。 「織田くんなら絶対気付いてくれると思ったー」 「え、そうなの? 俺には全然分からないんだけど…」 「そう? 分かるよ。だって、見た目が全然違うし」 「だよねだよね! 聞いたー? 男性陣は織田くんを見習った方がイイよ」 「はぁー…さすが織田。営業部のエースだけあるな」 「そんなことないよ。たまたま気付いただけだって」 (なんて、本当は何が違うのか全然分からないんだけど) ぶっちゃけ化粧品の違いなんてよく分からないし、人の服になんて興味ない。けれど一言声を掛ければ、人は自ら何を違うのか語りだすから、俺はその言葉さえ口にしていればいい。それだけで、俺は気の利く王子様でいられる。 (ほーんと、ちょろいよな) こんなにも、俺の言葉で喜んでくれちゃって。 人づきあいは得意な方だ。だって、相手の望む言葉を口にすればいいのだから。仕事も、友人関係も、恋愛も。そのことさえ分かっていれば大抵は上手くいく。イージーで順調な俺の人生――でも、いつからだろうか。そんな人生を、ひどく空しく感じる様になってきた。 最後に本音を口にしたのはいつだったか、記憶にない。
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