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蛭瀉血
「私が処理致しますので、どうぞ道具としてお使い下さい」
エルフの少女はそう言うと、桜色の愛らしい唇をシグルドの体に這はわせはじめた。
「うう、エステルさん。これ以上いけない。後生だから思いとどまってくれ」
エステルと呼ばれた少女は、しかしシグルドの言葉にまるで耳を貸かそうとしなかった。
「はあ? 何を言っているんですか。これは、神聖な医療行為ですよ。決して変な意味はありません!」
そう言って、その細くしなやかな指を滑らせながら、新しい吸いどころを探っていく。
シグルドは、ぼんやりとする意識の中で、これが医療行為であるという彼女の主張を反すうしてみた。
確かエステルは、最初シグルドにカミソリを突き付けながらこう言ったのだった。
「瀉血は究極の治療法です。これは静脈をちょこっと切って悪い血をぱあーっと体外に排出することで翌日にはケロッと治ってしまうという方法で、シグルドさんの症状にも断然有効だと思われますから是非やりましょう」
エステルはノリノリであったが、シグルドは尻込みした。
エステルのエメラルドの輝きを宿した目ん玉は、正気とは思えないほど血走っていたし、彼女の手に握にぎられたカミソリには、血のカタマリがこびりついていて、何かよくわからない動物の毛がそれによって糊付けされていたからだ。
シグルドには、医学についての知識は何もなかったけれど、本能が「ヤバイ」と告げていた。
「いや、それは少し遠慮したいかなあ…」
その時、エステルが舌打ちしたように聞こえたのは、あるいはシグルドの空耳だったのかもしれない。
次の瞬間には、彼女はいつものように柔和な笑みを浮かべていたのだから。
そして、にっこりとほほ笑んだまま「もう、仕方がないですねー」と、代わりの治療法を提案ていあんしてきた。
ヒル瀉血―吸血ヒルを使って病気の原因となる悪い血を吸引するという治療法である。
ところがエステルはそのための道具、すなわちヒルを持ち合わせていなかった。
「どうするの?」
恐る恐る問いかけると、エステルは自信満々に、
「だったら、私自身がヒルになればいいんですよ」
と言い放った。
そして、現在の状況に至る。
何度考えてみても、シグルドには意味が分からなかった。
自分は、今何を経験させられているのだろう?
なにしろ女の子が男の上にまたがって、全身にキスの雨をふらせているわけだから、これはもう、そこに性的な意味合いを見出すなというのは、どだい無理な注文であった。
しかも悪いことに、このエルフ、なかなかの美人である。
男好きのする愛嬌のある顔立ちに、ぱっちりとしたつぶらな瞳は澄んだエメラルドグリーン。
彼女が顔をうずめるたびにシグルドの皮膚をくすぐる柔らかな髪は、降り注ぐ朝日を束ねたように透き通った金色だった。
体つきこそ華奢だったが、シグルドに密着したその体はしっかりと女の子の柔らかさである。
その感触、温もり、匂いの全てがシグルドの情欲を掻かき立てた。
それでも、彼の名誉のために言っておけば、シグルドとて好きでこのエルフに弄ばれていたわけではない。
シグルド=ガルーディアスは誇り高き冒険者であった。
この時彼の全身には「鉛」の毒が回っていて、抵抗したくても出来なかったのである。
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