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今日も今日とて現れた彼は、あいさつをしたあと自動販売機に向かう。ガコンと缶が落ちる音が響いたあと、ゆっくりこちらへ歩いてきた。
いつもなら、別々のベンチに座って、お互いとくに干渉もしないまま過ごすのだけれど、今日にかぎってなぜか、彼は私の座るベンチにまでやってきて、隣に腰かけた。
これはどういう心境の変化だろう。
すこし――いや、ものすごく気まずい。
自惚れるわけじゃないけど、これってそういうシチュエーションだったりするのだろうか。
ひとりで葛藤していると、彼が安堵したようにつぶやいた。
「いい天気でよかった」
「……え?」
それは、夜に言う台詞なのだろうか。
見上げると、雲のない夜空が広がっている。
ここは大通りから離れているし、住宅からも離れている。余計な光が入ってこないぶん、闇が濃くて、星の瞬きが綺麗に見える場所。
ここを気に入っている理由が、それだ。
「待ち望んだ星巡りの日だ。今日を逃してしまえば、次は六十年後だよ」
その言葉で思い出した。
くわしくはないのだけれど、今朝見たニュースによれば、今日はなにやら天文に関係する一大イベントがあるらしい。
彼が言ったように、次に同じ現象が起こるのは、六十年先だとか。
――そうか、このひとは天文マニアなのか。
それと同時に、納得した。
たぶんこのひとは、滅多に訪れない特別な時間を、同じ星好き仲間として分かち合いたいと思って、隣にやってきたのだろう。
単純にしんみり、ぼーっと星空を眺めることが好きなだけの私は、ひどく申しわけない気持ちになる。
「今日、会えて本当によかった」
「……白状すると、なにが起こるかよく知らないんです。それ、ここでも見えるんですか?」
私が言うと、彼は驚いたように目を見開いた。
なんか、ごめんなさい。
バカで本当にごめんなさい。
穴があったら入りたい気持ちになっていると、彼はくすりと笑って立ちあがる。そして、私の前に立つと、大仰な仕草で両手を広げた。
「君なら見えるかもしれない。いや、君には見てほしいと思っているんだ」
「なんの話ですか?」
「今夜、道が開く」
「みち?」
「やっと帰ることができる」
「帰る?」
言っていることの意味がわからない。
静まりかえった公園に、彼の声だけが響く。
風の音すら聞こえず、己の吐く息すらもどこかへ消えてしまったかのようだ。
「この世界に落ちて途方にくれていたけど、君のおかげで楽しく過ごすことができたよ」
「え、あの……、はい?」
「君に会えて、本当によかった」
このひとはいったい、なにを言っているのだろう。
いいようのない不安が私を襲う。
視界の片隅で、白くなにかが輝いた。
目で追うと、細く雨のような筋が地に刺さり、消える。
光が降っていた。
驚いて見上げると、大きな丸い月と、たくさんの流星。
スポットライトのような光が彼を包んだかと思うと、その輪郭が淡く溶けていく。
まばゆい月光を浴びながら、「帰る」だなんて、なんだそれ、まるでかぐや姫みたいだ。
なによ、男のくせに。
やっと帰ることができる、なんて。
迎えが現れて安心した、迷子の子供のような顔をして。
なんてずるいんだろう、このひとは。
――そんなの、引きとめられないじゃないの。
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