29人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
乾いた心を砂漠に例えるのなら、オアシスはどこにあるのだろう。
失恋には恋愛。仕事には休み。そして渇きには潤い。でも欠けてるものを埋めるのは、そんな簡単じゃない。
「履歴は忘れずに消しておいてくれ」
最近では私を呼ぶ時「なあ」としか言わない男が、常套句を口にする。
「分かってる」
私はシーツにくるまったまま、シャツに袖を通す彼の背中に返事をした。
男は黙ってテーブルの上に一万円を置いた。
タクシー代には高いけど、奥さんと子供に対する負い目ね、と自答する。
彼と初めて関係を持った時、彼はタバコに火をつけて「愛してるよ」なんて吐き出した。
煙みたいに軽くて、簡単に消える言葉。
今はキスもしてくれない。
アイシテル。何度も裏切られてる、この世で最も信じられない言葉。
「だってあの人の心には奥さんとお子さんがいるんだから、あなたの入るスペースはないわよ」
親友の言葉を思い出す。分かってる。愛してほしいんじゃないの。満たしてほしいだけ。
男が背を向けたまま、ドアノブに手をかけて「また連絡する」とつぶやいた。
今日は四月一日。その言葉が嘘だとしても、「ええ、またね」私はそう返事した。
不純な恋をするたびに、ニキビも増えるし肌も荒れる。
私の名前は小鳥遊玲菜。
大学を卒業後就職。実家を出てアパートに一人暮らし、満員電車に揺られる時間はスマホのアプリで時間を潰す、そんな普通の二十九歳。
「二十九歳って、『二重救済』とも読めるよな?」
「なにそれ?」
あたしは思わず苦笑した。
最初のコメントを投稿しよう!