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店番辞めました
「私、店番辞める。もう、なんか飽きちゃって。」
そう言ってお辞儀して、私は店こと我が家を出て行った。家出じゃない。ちょっと、話を吹っ切るため。
うちの家は和菓子屋さん。お父さんが和菓子職人。なんだけど、和菓子のことは、私にはよく分からなくて。お客さんに聞かれても説明出来ない。そして、だんだんつまらなくなって辞めた。
「ん?」
私は思わず立ち止まった。
……道のど真ん中に、ドーナツが。お皿もきちんとついている。どうぞお食べくださいと言わんばかりに。
怪しい。怪しすぎる。……けど。
「なにこれどこで売ってんだろ……。」
おいしそう。チョコレートソースのツヤが、めちゃくちゃ甘く、美味しそうに見える。さすがに道ばたに置いてあるのは、食べれないかなぁ……。
「店番はやんないのに、ドーナツには食いつくのね。」
! 後ろ!? わっ、ママ!
「もし店番これからもやってくれるのなら、そのドーナツ。あげてもいいよ。」
なっ……交換条件!
「ふん! 私がそんな誘惑に負けると思うの!?」
「店番をやりなさい!」
「いやだ!」
私は逃げた。なんだよ! 嫌なことばっかり押しつけてきて! これだから親は! だから全人類の子供たちに反抗期ってのが来るってーの!
「はあーー! やっとだよー!」
! ステップ気味にうきうき歩いているサラリーマンに、思わず足が止まった。あら、喜びすぎてるのか名札付けっぱなしだよ。「向井」って書いてある。向井さん、何があったんだろ。
「やっとあんな会社とおさらばだよ! 退社ってサイコー!」
……はあ。大人はだって嫌なことに逃げてんじゃん……。いいなあ……。
私はハッピーサラリーマンを尻目に肩を下ろしながら歩き始めた。
しばらく歩くと、カラフルな鳥が飛んできた。
インコかな? ええ、逃げてきたのかな?
「ウッウッ」
お、なんか喋るのかな。
「ニンゲン、ヤメタイッ」
!?
「モウ、マタカイシャヲヤメテッ ウチノダンナハ、モウッオワリダワ。コノムカイケハッ モウスグ、ホウカイッ、シテシマウ!」
……えぇ……?
「あっ! 見つけた! コラ!」
わあママここまで追っかけてきてたのか!
「ママ、このインコ……」
「ん? あぁ……。」
「ニンゲン、ヤメタイッ モウッ シンデヤルッ」
「向井さん家のインコね。また旦那さん会社辞めちゃったのねぇ……。奥さんが可愛そうね……。」
ええっ さっきのサラリーマンの奥さんがこんなことを……。
「向井さん家のインコは勝手に出て勝手に戻ってくるから大丈夫よ。」
そう……。
「……ママ、私、店番やってあげるよ。ドーナツくれるんならね。」
終
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