試してみる?

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試してみる?

 腹ごしらえをした後は、二人で夕飯の買い物に出掛けた。泊めてくれたお礼に今夜は俺がご馳走を作ると提案したが、他人の作ったものは食べられないと却下されてしまったのだ。だからせめて買い物の荷物持ちくらいはと付いて来たのだが、どうやら伊織の知り合いが居るらしいスーパーで、俺は(ことごと)く彼の“弟”に間違われて機嫌を悪くしていた。 「なんだよ、そんな怒んなって」 「……………」 「良かったじゃん、若く見られて」 「〜〜〜ハタチ以下に間違われたのは初めてだ!」 「あっはははは!」  帰り道、地団駄を踏んで怒りをあらわにすれば、伊織は初めて声を出して笑ったのだ。その顔があまりにもカッコよく思わずキュンとしたのは内緒で、俺はスーパーの袋を持ち直しながら、イケメンめ、と謎の嫉妬心を抱いてしまっていた。  確かに伊織は俺よりも背が高いし、服装だって大人っぽい。一方俺は、服こそ彼に借りてはいるものの、サイズが違うのでより俺の方が幼く見えてしまっているのだ。  こんな事ならワイシャツを着て来るべきだったかとも思ったが、シワが出来たらまたアイロンをかける手間が掛かってしまうと思い、どうせ今だけだと、見た目のギャップは諦める事にした。  伊織の住むマンションは昨日飲んでいた居酒屋にほど近く、駅近でもありとても良い立地だと思った。ここなら明後日の出勤時間は遅めでもいいやと呑気に考えていると、玄関に入った途端、伊織に「待って」と言われて足を止める。 「晴弘さん、そのまま風呂場に直行して、シャワー浴びて下さい」 「は?」 「外から戻った状態で室内うろつかれるの、嫌なんすよ」 「あー……分かった」  潔癖症って、大変だな。  俺は言われるがまま洗面所へ行き、脱いだ服を洗濯機に放り込んでは浴室へと入った。  確かに、毎回こんな事を他人に言うのは本人も嫌だろうし、それが苦痛にもなるから家に誰も入れたくないというのは理解出来る。それでも人付き合いがしたいと言う伊織は、きっと今までに沢山の苦労をして来たに違いない。  ……理性と感情が一致しないのは、結構キツイもんなぁ。俺で協力できる事があれば手伝いたいけど。でも、恋人か……。  顔はまぁ、嫌いじゃない。イケメンだし、男でもそれなりに見ていられる。それに料理も美味いし、家事スキルも高そうだし、今のところ伊織を拒否する要素はどこにも無い。  それに、何だかんだ言って俺も伊織と一緒に居ると落ち着くんだよな。  なんだかなぁと思いながらシャワーを浴びていると、突然、傍らの扉が開いて全裸の伊織が入って来た。びっくりして固まっていると、彼は「ああ、お気になさらず」と無表情で言ってのける。  いや、普通に気になるから。え、これって普通なの?普通じゃないよね?  男同士なのだから、別に恥ずかしがる事は何もない。だけど、家の狭い風呂場に大人の男が二人で入るとか、多分、いや、恐らく間違っている。  俺が動揺してると察したのか、伊織はすぐさま補足してくる。 「俺も外から戻ったんで、シャワーくらい浴びますよ」 「そ、そうだけど……」 「晴弘さんが上がるまで玄関とか、俺嫌っすよ。そんな待てないし」  おっしゃる通りで。  伊織が家主なんだから、俺がそれを拒否する権利は無い。  仕方なく彼に場所を譲りながら、俺は頭を洗おうとシャンプーを探してキョロキョロとする。と、それを見ていた伊織は「晴弘さん」と呼ぶと、恥ずかしげもなくとある提案をして来た。 「あの、俺が晴弘さんのこと洗ってもいいっすか?」 「え?」 「いや、ちょっと触れるかどうか、試してみたくって」  ……ああ、なる程。そういう事か。  俺は素直に「いいけど」と答える。  伊織はまだ俺に勃たないと言っていたから、変な事は起こらないだろうと思ったのだ。それに、ちょっと兄弟っぽくていいな、とも思ってしまっていた。  俺、一人っ子だからこういうのにちょっと憧れてたんだよなぁ。  椅子は無いからと、立ったまま洗ってもらう事となった。  まずはシャンプーをしてもらい、強過ぎず優し過ぎない絶妙なその力加減に、俺はすぐに虜になっていた。床屋のおっちゃんにしてもらうシャンプーなんかより断然気持ち良くて、病み付きになりそうな心地良さがそこにはあった。 「あー……気持ちいい。シャンプーするの上手だな、伊織」 「そぉ?」 「うん。毎日洗ってもらいたいくらい気持ち良い」  シャンプーの次は身体を洗ってくれると言うので、俺は浴室の壁に両手を着いては背中を伊織の方へと向ける。泡立てたスポンジで背中を擦られるとこれまた気持ちが良くて、普段自分の手があまり届かない箇所をキレイに洗ってもらえるのは、本当に有り難い事だった。これぞ痒いところに手が届く、だ。 「……力加減、どぉっすか?」  後ろからそう尋ねられたので、俺は満足げに「すげぇ気持ち良い」と返した。 「本当に誰の背中も流した事ねぇの?伊織、すげぇ上手いよ」  これは金取れるわーと冗談で言うと、そこでピタリと伊織の手が止まってしまう。どうしたのかと思い、気になって「伊織?」と振り返れば、ちょっとだけ頬を染めた彼の顔が至近距離にあり、ビクッとしてしまった。 「ちょ、近いっ」 「晴弘さん、直接触ってもいい?」 「はぁ?」 「お願い、ちょっとだけ」  そう言うと、背後から手が回って来ては直接俺の肌に指が触れるのだった。
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