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セクハラ公認
その日の夕飯は、俺の大好きなハンバーグだった。しかも、中にも上にもふんだんにチーズを使った、特大サイズのやつ。
「だーから、悪かったって」
「……………」
「いつまで拗ねてんの?子供かよ」
「……どーせ、俺はお前の弟に間違われるお子様だよ」
「……っち……まだ引きずってんのかよ、めんどくせぇ」
「なんだと!?だいたいなぁ!」
「あーはいはい。分かりましたよ。俺が悪かった。ごめんなさい」
せっかくの大好物が目の前にあると言うのに、楽しく食事が出来ない事が非常に悲しい。
風呂場での一件があってから、俺は気を失ってまた伊織の世話になってしまっていた。それは申し訳ないと思っているし、自分が情けないと反省もする。
だけど、こうなってしまった元凶は伊織にある訳で。
「……俺で勃たないって言ってたのに」
「……それに関しては俺もびっくりだよ。予想外だった」
「……男とあんな事するとか、聞いてないし」
「晴弘さんもノリノリだったじゃん。つーか、煽ったのアンタだからな」
「お、俺は1回しかイってないし!伊織は2回もイっといて」
「なに?イき足りなかったってんなら、また後で手伝ってやるケド」
「うう……」
ダメだ。何を言っても論破されてしまう。
本当は俺も分かってはいた。伊織だけが悪いなんて思ってないから、許してもいた。だけどまだ気持ちが追い付いていなくて、モヤモヤして、誰かに当たりたかっただけなのだ。
俺がしょんぼりしているのを見兼ねてか、伊織は大きなため息を吐いては優しい瞳で問い掛けてくれる。
「……晴弘さんは、嫌だった?」
「え……」
「もし本当に嫌だったんなら、本気で謝る。それに、もう俺には会いに来なくてもいいっすから」
嫌か嫌じゃないかと聞かれれば、嫌ではなかったと、今ではそう思っている。実際に気持ち良かったし、俺もあの時は興奮していたから。
でも、伊織が悪いと、そんな態度を取った手前、簡単にそれを口にする事は出来なかった。それでも俺が否定をしないところを見て、彼もちゃんと分かってくれているのか、また小さく息を吐き出す。
「……分かった。じゃあ、先に俺の気持ちを聞いて」
伊織はそう切り出すと、正面に座る俺の瞳をジッと見つめた。
「……正直、俺も驚いてる。ここまで他人に嫌悪感も持たずに触れたの、晴弘さんが初めてだから」
「……………」
「俺的にはこのまま晴弘さんを手放すのは勿体ねぇと思ってるし、これからもずっと一緒に居たいとも思ってる。でも、そこに恋愛感情があるかと聞かれても、今はまだ、なんとも言えない」
好きでもない相手を抱けるのか、なんていうのは女の言い分だと俺も分かっている。男という生き物は、恋愛だけで人を抱いたりはしないのだ。
だけど、伊織のそんな馬鹿正直な答えに俺は少なからず落ち込んでいた。なんでこんな気持ちにならなくちゃいけないのかとも思ったが、俺自身、彼に惹かれ始めている証拠でもあったのだ。
……なんか、本当に俺の方が子供っぽいな。
伊織の方がちゃんと自分を持っている。きちんと己の気持ちを言葉に出来ているし、俺と話し合いをしようともしてくれているのだ。
……俺、マジでかっこ悪い。
そんな自己嫌悪で更に黙っていると、伊織もしびれを切らしたのか、俺に答えやすいようにと選択肢を提示してくれた。
「……晴弘さん、今から俺が言う事、よく考えてから返事して下さい」
「?」
「俺は多分、これからもアンタに遠慮なく触ると思う。抱き締めたり、セクハラみたいな事もするし、もしかしたらまた、風呂場でシたみたいな事もするかもしれない。それでもアンタは良いっすか?」
……そんなの、答えはもう決まってるんだ。ただ声に出すのが怖いだけで……
「晴弘さん」
伊織の催促に、俺はたまらず目を閉じながら大声を出していた。
「いいっ!」
「!?」
「俺はっ……伊織にならセクハラされても大丈夫だ!」
こんなみっともない大人、他にいるか?
俺のそんなヤケクソな返事を聞いて、ぷっと伊織が盛大に吹き出してしまった。
「あははははっ!なにそれ!晴弘さん、アンタまじで面白い!」
「は、はぁ?俺は真面目に」
「分かってるよ」
腹を抱えて笑う伊織は、目の端に滲んだ涙を指で拭ってはカッコよくも可愛い笑顔で俺の心臓をぶち抜くのだった。
「これからよろしく、晴弘さん。すげぇ楽しみにしてるから」
なんか、馬鹿にされてるように感じるのは気のせいか?
……でもまぁ、伊織が笑ってくれるのなら別に良いか。
それから、単純な俺はすぐに機嫌を直しては好物の特大ハンバーグを食べ、伊織と他愛のない話しをして夜を過ごしたのだった。
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