犯人はお前か!

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犯人はお前か!

 翌日、俺はまた食べ物の匂いがして目が覚めた。ベッドから出てリビングへ行くと、明るい茶髪のイケメンがまたキッチンで料理をしており、俺に気付いてはおはようございます、と声を掛けてくる。 「寝癖、酷いっすよ。顔洗うついでに直して来てください」 「ん、分かった」  ……オカンがいる。とは言えないな。  朝起きてご飯が用意されてるって、こんなにも楽なのか。1人暮らし始めてから朝の支度が面倒で、いつもパンとかバナナとか、軽食ばかりだったからちょっと嬉しい。  俺は洗面所で顔を洗い、ついでに寝癖を水で直す。恐らく洗面台の棚に並べられたボトルのどれかは寝癖直し的な物もあるのだろうが、パッと見では俺には判別がつかないし、勝手にイジったら小言を言われそうなので早々に諦めたのだ。  ……まぁ、俺の身支度はいつもこんなもんだからいいけど。  それから再びリビングへと戻れば、テーブルには既に朝ご飯が用意されていた。 「なぁ、思ったんだけど」 「なんすか?」 「お前、毎日こうやってしっかり作って食べてるのか?」  そう問い掛ければ、伊織は不思議そうに眉を寄せて「当たり前じゃないっすか」と言う。 「逆に聞くけど、晴弘さんはどーしてんすか?」 「俺?俺は……パンとかバナナとか……たまにリンゴとか?」 「……アメリカ人の昼めしかよ」 「……うるさい。家事は苦手なんだよ」  席に着きながらぼやき、なんだか悔しいのでついでに見栄を張ってみる。 「彼女居た時はちゃんと作ってもらってたよ」 「そっすか」  だが、いつものようにあっさりと流されてしまう。  ……コイツ、マジで俺の事好きとかじゃないんだな。  少しくらいヤキモチを焼いてくれないかと期待していたが、まだその段階ではないようだ。  まぁ、まだ出会って2日しか経ってない訳だし、しょうがないか。  いただきまーす、と手を合わせ、さっそく味噌汁からいただく。  悔しいが、伊織の作るものは全てが何でも美味しかった。元カノが作るどの料理よりも数段上を行く美味しさで、俺の胃袋は既に彼の手によって掴まれていると言っても過言ではない。  ……これで伊織が女の子だったら、文句無かったんだけどなぁ。  残念な事に、俺の目の前に居るの9つも歳の離れた年下の男だ。それに、茶髪でピアスをしているイケメンときた。どこを取っても俺には勝ち目のない完璧人間で、潔癖症じゃなかったら、世の女の子共が放ってはいなかっただろう。  俺は香ばしく焼き上がった焼き鮭を口に運びながら、そうだ、と伊織に話し掛けた。 「今日はなにするんだ?どっか出掛ける?それともゲーム?」  この家ゲームあるのか?と問い掛ければ、伊織は無表情に一応あるけど、とローテンションで答える。 「俺、今日は課題しないといけないっすから」 「あ……そっか」 「晴弘さんはゲームしてても良いっすよ」  見た目はクールで落ち着いてるから社会人に見えなくもないけど、コイツはまだ二十歳(ハタチ)の大学生なのだ。俺が彼の邪魔をしてはいけないし、だからと言って、課題の手伝いも出来そうにはない。  俺は悩んだ末に「そうだ!」と明るい声で提案した。 「お礼と言ってはなんだが、部屋の掃除をしてやるよ!」  だけどそれを聞いた伊織はもの凄く嫌そうな顔をして、容赦無く俺の親切心を切り捨てるのだった。 「お願いだから、それだけは絶対にやめてください」  朝食を食べた後、俺は伊織の邪魔にならないようにと外へ散歩に出掛ける事にした。念の為とお金を少し持たせてくれたけど、これを使うのは本当に困った時だけにしようと心に決めていた。 「あー……暇だ」  近くに公園を見つけてはそこのベンチで黄昏れてみるが、今日は日曜日なので子供連れの母親が多かった。そんな彼女達の不審者を見るような視線が痛かったが、俺も他に行く宛が無いので、気付かぬフリをしてはボーッと空を眺める。  ……俺、いつも休みの日ってなにしてたっけ。家の中でずっと寝てるか、スマホでゲームをしてるかしか思い浮かばないや。  彼女が居た頃はデートをしたりと忙しかったと思うが、歳を重ねるごとに体力が減っていき、それも面倒になって最後の方はほぼお家デートばかりだった気がする。  お家デートとは名ばかりの、ただぐーたら過ごしてただけの休日だったけど。  彼女に振られた原因はそこにもあるのかなぁなどと考えていると、不意に「あれ?先輩?」と後ろの方で声がした。そちらを振り返れば、ラフな格好をした会社の後輩がこちらを見ており、それからすぐに涙目になっては駆け寄って来る。 「福田せんぱ〜い!心配してたんですよ!」 「うわ、篠崎(しのざき)か……どうしたんだ?」  彼は会社の後輩である、篠崎という男だ。背が高くて優しいと、会社では女性に人気があるが、仕事はいまいちでミスが多く、俺は何度もコイツに振り回されては残業をさせられた事がある。  そんな篠崎は俺の座るベンチの前に膝まづくと、今にも泣きそうな顔で手を握って来るのだった。 「あの夜先輩が急に消えたから、俺すっごく心配して、荷物だけでも預かっておこうと店を出たんですけど」 「お前か、犯人は」 「いてっ!」  篠崎の手を振り払い、その頭にゲンコツをお見舞いしてやる。  すると彼は自分の頭を抑えて、涙を浮かべながら訴えてくるのだ。 「な、なにするんですかぁ!」 「お前のせいで俺は家に帰れなくなったんだぞ。勝手に人の荷物を持ち出すな」 「だ、だって部長が次の店に行くぞって……先輩は後から来るから大丈夫だって言ってたんですもん!」 「酔っ払った部長の言うことは聞くなって、前にも言ったよな?」 「え、えーと……そうでしたっけ?」 「……やっぱり忘れてたか」  ため息をつき、頭を抱える。  篠崎はこういうやつだ。だからいつまでたっても成長しないで、ずっと俺の手元で雑務ばかりをやらされている。  とりあえず自分の荷物が無事である事は分かったので、俺は篠崎へ向けて手を差し出した。 「で、俺の荷物は?」 「ち、近くの俺の家に置いてあります」 「よし、なら案内よろしく」 「はい……」  叱られて意気消沈とした表情を見せていたが、篠崎は数歩歩けば嫌な事を忘れてしまうような鳥頭だ。  案の定、公園を出た頃にはすっかりと元気を取り戻していて、隣りを歩きながら明るく話し掛けてくる。 「そう言えば先輩、一昨日と昨日の夜はどこで過ごしてたんですか?もしかして公園で寝てた訳じゃ……」 「違うよ」  俺はヒラヒラと長く余った袖を振って見せ、簡単に説明する。 「親切なヤツが泊めてくれたんだよ。誰かさんが俺の荷物持って消えたから」 「あう……本当に申し訳ないです……」 「いーよ、別に。もう過ぎた事だし」  そう言いつつ、俺は長く邪魔な袖を捲りながら歩く。  それを見ていた篠崎は、首を傾げながらもう1つ質問をして来た。 「あの、もしかしてその親切な人って、男の人ですか?」 「ん?よく分かったな」 「だってその服、明らかにサイズがデカイじゃないですか」 「まぁ……そうだな」  やっぱりちんちくりんに見えるのかと少し不満に思ってると、一瞬だけ篠崎が「っ先輩!」と声を荒げた。普段大人しい彼がそんな声を出すのが珍しくて俺も驚きに足を止めれば、篠崎もハッとしたように顔を反らして「いや……なんでもないです……すみません」と謝る。  一体何だったんだと不審に思いながらも、俺はそれ以上追求する事もなく、ただ彼の後を付いて行くのだった。
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