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ふと見上げた空、目映い太陽を背負う人影が、高層マンションの屋上に立つのを見た。
呆然とそれを眺めていると、その影が徐に、けれども着実に空(くう)へ一歩を踏み抜いた。
飛んだ人影が、自然の摂理に従って一気にその速度を上げていくと、瞬きも忘れるほど滑らかな動きで垂直に、けれども水平に身体を保ちながら泳ぎ落ちる。
それは僕より数十メートル先の道路へ、破裂するとも呼べる衝撃音を放ち地にへばりついた。
ほんの少し、バウンドしたように見えたその身体は不自然に手足を折らせ、その存在を刻むように赤く地を汚していく。
--飛び降りだ。
僕はそっと踵を返し、別の道を帰路にすることにした。
それに深い理由はない。単にその横を通りたくなかったからで、下手に通って目撃者だのなんだのと聞かれたり、扱われたりすることによって、この件と関わり合うことが面倒他ならなかったからだ。
僕はそうして、再び歩を進めた。
数人、現場に駆け寄っていく人とすれ違った。
物好きな人もいるものだ。それとも正義感か。ただの野次馬に紛れて、そんな輩がいてもおかしくはない。僕には関係のないこと--と、言いたいところであるけれど、どこか僕もその輩と同様に気にはなっているようで、曲がり角に差し掛かったところ、ついそちらを一瞥してしまった。
いつの間にか出来た人だかり、その中心はもう見えなかったが、その中の誰かが上を向いていることに気が付いた。
僕はその視線に引っ張られるようにしてそれを追う。
あそこから落ちたのだろうと確認しただけの視線、そう思って見つめた先には、先ほど見た時にはなかったはずの人影が佇んでいた。
初めに僕が見上げた時、確かに影は一つだった。そしてそれは今や地に這うだけで、ならば今尚あそこに立つそれは、一体何をしているというのだろうか。
--まあ、何でも良い。
どうせ止めようとした誰か、またはそのマンションの住人もしくは中にいただけの人、通りすがりの野次馬の好奇心。所詮そんなところだと考えれば、何一つとして面白くない、実に平凡で、興味も湧くまいことだった。
僕は至極当然、視線を手元のスマートフォンへ移し暇でも潰すかのように画面を弄りながら帰宅した。
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