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「あれ……?」
もう少し歩いて行った先に、人影が見える。
ただ、ひたすらに雨に打たれながら、その人は静かに佇んでいた。
その頬を伝うのは、天からの雫か、それとも透明な感情か。
は、と息が零れた。それほどまでに、その人は、ただ美しかった。
「……あ、」
近くに立っていたからだろう、私の気配に気が付いたその人は、言葉とも分からない音を発した。
「……あの、傘、入りますか?」
ずぶ濡れのその人影に、思わず声をかけた。振り向いたその姿に、今度は息を呑んだ。
萌黄色の着物から覗く褐色の肌に、頭を覆う手拭いからはみ出す黒い髪、そして、その瞳は艶やかな漆黒。
歳はお兄くらいだろうか、背格好は私よりも少し背が高く、足も長かった。
間違いなく、彼は――“人間”だった。
「……っ」
驚いて距離をとろうとする私に、人間は言う。
「……何も、しないよ」
「っ、だ、だって、貴方、」
「何?」
「人間、でしょう?」
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