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「うん、貴方と同い年の」
「何て名前?」
「菫」
「小梅と菫? 絶対小梅と桃のほうが良くない?」
そんなくだらない会話をしていたら、あっという間に時間は経ち。
鴉の鳴き声が辺りに響き、橙色の光が洞窟の中に差し込み始めた。気が付けばだいぶ肌寒くなってきている。ぶるっと震えれば、それに目ざとく気が付いた桃は、ちょうど干してあった羽織を私に手渡した。
「え、これ」
「貸してあげる、僕、あんまりノコノコ歩きまわれないし、送ったりできないからそろそろ帰りな」
「分かった」
萌黄色の羽織を肩からかけた私は、手拭いの巻かれた足で下駄をつっかけ、立ち上がる。
洞窟の入り口に立つ桃の横を通り過ぎた。そして、橙色の世界に一歩を踏み出そうとした。
「またね」
後ろから投げかけられたその言葉に、足を止めて振り返った。
仄暗い洞窟の中には、優しく笑う桃がいた。その笑顔に、思わず同じ台詞が、私の口から飛び出した。
「またね!」
足が止まってしまうほど、言葉が出てきてしまうほど、次を約束してしまうほどに。
それほどに、桃の傍にいる時間を、私は望んでいた。
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