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「……あの人は、悪い人じゃない、良い人だもの……っ」
「悪くない人間なんか、いない」
「いるわよ!」
雨に打たれて、佇む姿。
迷いなく自分の手拭いを裂き、私の手当てをした、褐色の指。
“違いなんて、ひとつも無いよね?”
そう言った、漆黒の瞳。
そして、優しく笑う、あの笑顔。
「あの人は、鬼も人間も関係ないって、そう言っていた……っ!」
「だから、何だ」
冷たく吐き捨てられたその一言に、涙が止まった。
「俺たちは、鬼子だ。そいつは、人間だ」
「だからっ、」
「人間は、――悪だ」
なおも言いつのろうとする私を一瞥したお兄は、踵を返す。
「……どこに、行くの」
「決まってるだろう。鬼の本部に連絡をする」
「っ」
思わず、その腕を掴んだ。どんな時も優しく私に差し出されていた、その腕。手のひらをぎゅっと両手で握り締めた。
「大人しくしてろよ」
けれど、私の小さな手では、お兄を止めることなど到底できなかった。
無情にも振り払われた己の手を見下ろす。
人間だから、悪?
鬼子だから、正義?
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