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3分の、2
夕方6:00。
今日も最終下校時刻ぎりぎりまで学校に残っているのには、れっきとした理由があった。
「で、答えは、3分の2!!」
「………正解!」
「やった―――!!!」
ギャルってわけでもない。 部活にのめりこんでるわけでもない。
私は、 数学が、 嫌いだ。
でも、ほかの教科の成績は申し分ない。
なんなら、国語は毎回学年1位で、目の前にいる総合1位の彼よりも点数は高い。
「やればできんじゃん! 私ってばすごい!! どんどん万能になっちゃう~」
「んじゃ、 今度は長距離走の特訓でもしてやろうか?」
「っ、ごめんなさい、ゴメンナサイ、ごめんなさいぃ~!!もう二度とそんなこと言わないから!ね!?」
目の前にいる彼、城野君は、運動も勉強も得意な、文武両道を具現化したような人間なのである。
根っからの運動音痴な私には、夢のまた夢の話だ。
万能になるなんて。
イケメンで、 何でもできて、 優しい彼と、 こうして話せるなんて。
私には、友達と呼べるようなクラスメイトも、校外学習の班に誘ってくれるような子もいない。
それでも。こんな彼と、5日間勉強できて。
そのうえ、雑談までできるようになった。
だけど。 それも今日で終わり。
明日からはきっと、 普通のクラスメイトに戻る。
「今日まで、 ありがとうね。」
城野君は、ゆっくりと瞬きをする。
あ、これは、戸惑ってる顔。
「……数字、 少しは好きになった?」
開け放たれた窓から、爽やかな初夏が入ってくる。
陸上部の掛け声。
少し湿りが残る、夏の薫り。
暑さを交えた風が、 猫っ毛を揺らしていく。
「………うん、 好き、だよ」
あなたのことも。 あなたの好きな数字も。 あなたが好きな長距離も。
「3分の、2、くらいね」
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