113人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
あ、雨だ。
ベッドに寝転んだまま、夢うつつのなかでそう判断し、思わずため息が洩れた。
朝起きて最初にすることは人それぞれだろうけれど、私の場合は天気の確認から始まる。
カーテン越しに注ぐ日の光でああこれは確実だ、と思う日もあれば、曇り空の日は、耳を澄ませないとわからない。
それでも判断がつかない日は、諦めて早々にベッドから抜け出して、カーテンを開け放ち窓の外を確認する。
今日は、しんとした部屋のなか確かめるまでもなく、しとしとと雨の降り注ぐ音が聞こえてきていた。
ああ梅雨入りしたんだったな、と昨夜のお天気ニュースを思い返す。
日本に暮らしている以上仕方ないことだけれど、この時期は困ったものだ。
枕元の携帯がけたたましいアラームを奏でる前に起き上がると、のろのろと身支度を開始した。
シンプルなシャツに黒いパンツ。そのまま仕事に出掛けられるスタイルだ。
私の実家は、カフェを営んでいる。
五年ほど前、勤めていたホテルを早期退職した父がはじめた純喫茶だ。
それまで華やかなレストランで豪華なデザートを作っていた父は、どうしても小さな自分だけの城を持ちたかったらしい。家から徒歩3分の場所にお店を借りると、瞬く間にこの『喫茶木枯らし』をオープンさせてしまった。
私はパティシエの父の背中を見て育ったせいか、物心ついた頃から自分もケーキ屋さんになると疑っていなかった。高校卒業後、製菓の専門学校を出て、しばらくは某菓子店でケーキ職人として働いていた。けれど、一昨年からそのお店は辞めて、今は父のお店を手伝っている。
いずれまた絢爛豪華な洋菓子を作る世界に戻るかもしれない、という気持ちはあるけれど、それより何より、今は父からケーキ作りを教わりたいと思う気持ちが強かったからだった。
最初のコメントを投稿しよう!