出逢いは雨音のなかで

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「新作?」 「ああ。食べてみてくれ」 父の差し出したスプーンで掬って、ひとくち口に入れてみる。 鼻に抜けるベリーの香りと、三種類のムース。 「おいし……」 思わず呟くと、釣り上がった目が思いっきり細くなった。 「そうか。じゃあ早速母さんにも食べてもらおう」 私は毒味か、とツッコミたくなったけれど、父はいつでも母に美味しいケーキを食べてもらいたいのだ。これはホテル勤めだったときからまったく変わらない。 理想的な夫婦だと思う。昔から、母に美味しいと言ってもらうために腕を磨くんだ、と豪語していた。母は「太っちゃうわ」なんて言っているけれど、いつも父が作る新作を楽しみにしている。 製菓学校に通うようになって、母より先に新作を口にさせてもらえることが多くなったけれど、どんな材料を使ったとか、味のバランスとか、そんな感想は求められない。美味しいか、そうでないか。父にとっての判断はそれに尽きる。そして悔しいけれど、父の作ったケーキで美味しくないといったことは今だかつてあり得ないのだった。 雨のおかげで舞い込んできた休日のせいか、ケーキの出来が良かったからか、父は上機嫌で家へと帰っていった。 喫茶木枯らしは、8時から10時がモーニング、11時から13時がランチ、それ以降がティータイムだ。 10時を少し過ぎたところ、これからお昼時までは暇だろう、と食品の在庫を数え始めたときだった。
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