出逢いは雨音のなかで

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磨りガラスの扉に人影が写ったと思った瞬間、カランと入口のベルが鳴って、お客さまが入ってくる。 「いらっしゃいませ」 この時間に珍しいなと思いながらそちらを見遣り、咄嗟に固まってしまった。 入ってきたのは男性だった。私より少し年上だろうか。けれど近所の御常連さまにくらべると明らかに若い。 茶色い髪は短いけれどツンツンと立っている。そこまで明るくしているわけではないのだろうけれど、毛先は色が抜けているせいか金髪に近いように見えた。 そして裾の大きく膨らんだ、だぼっとしたズボン。 なんだっけ、こういうの。ひと昔まえの不良がよく着るボンタン、みたいなそんな感じ。 一方上着は有名なスポーツメーカーのジャージ。 思わず目をぱちぱちと瞬かせてしまった。 喫茶木枯らしは決して敷居の高いお店ではない。近所のおじいちゃんおばあちゃんの憩いの場でもあるし、高校生が放課後寄っていくこともある。 それでもこう……不良、みたいな人を見かけたのは初めてだった。 それとも私がいない時だけで、いつも来ている方なのだろうか。 父はホテル勤めが長かったせいか、どんなお客様を相手にしても顔色を変えず接客するのが大得意だし。 「いらっしゃいませ。メニューでございます」 気を取り直してお水とメニューを運んでいくと、その不良くんはそちらに見向きもせず、「コーヒー」と言った。 「ブレンドでよろしいですか?」 「……あと、何があんの?」 「あ、はい……」 どうやら一元さんのようだ。うちはコーヒーを売りにしているわけではないけれど、それでも何種類かは用意している。メニューをめくってコーヒーのページを開いて差し出した。 彼はちらりとページを一瞥すると、開いたばかりのページをぱたんと閉じた。 「おすすめで」 「あ、はい……」 思わずカタコトになってしまう。彼はそんな私に興味はないのか、鞄のなかから本を取り出すと読み始めた。 しかしコーヒーのおすすめは難しい。ケーキや食事と一緒だったらそれに合うものを用意するけれど、コーヒーだけ、しかも好みもわからないとなると……。 自分が好きなものを出してみよ。 キッチンカーでも取り扱っていて、スッキリした酸味が午後の仕事のお供に良いと好評を得ているコーヒーを淹れたのだった。
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