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店内に流れるCDのピアノ曲と、彼がページをめくる音が響いている。私はがさごそと作業をするのが憚れて、ランチの準備の合間にレシピの研究に勤しんでいた。
小一時間ほど経った頃だろうか、携帯電話の音が鳴り響き、びくりと背中を震わせた。
どうやら不良くんのものらしい。
誰もお客さんはいないけれど律儀に店の外にでた彼は、一言二言話すと再び店内に戻ってきたが、その瞬間ちっという舌打ちの音が大きく響いた。
怖すぎる。彼は私が怯えているとはつゆほども思っていないのだろう。そのまま座ることなく伝票を掴み、会計を済ませると出て行った。
次の日もまた雨だった。父はお店には出勤せず母とのんびり過ごすらしい。降り止む気配のない雨のなか、それでもモーニングに来てくれたお客様を見送り、こっそりと天気予報をチェックする。わかっちゃいたけれど、明日も明後日もずっと雨予報だ。
梅雨なんだから、と言われればそれまでだけれどあまりに止まないと気が滅入ってくる。ガレージに停めたキッチンカーの洗車のタイミングにも迷う。
ため息を吐くと、ふっと店内が暗くなった。
疑問に思いながら見回すと、入口近くの電気が切れたようだ。
お客さんがいないのを良いことに、すぐに交換してしまおうと脚立と電球を持ってきた。
店内には大きな窓があるけれど、こうも雨続きだと外光は期待できない。ランチ前に変えてしまわなければ、と脚立に足をかけたその時だった。
カランと音がして、人が入ってくる。退けなきゃと思ったものの間に合わず、入ってきた人物とまともに目が合った。
「……あ」
昨日の、不良くんだった。
同じように立てた髪、だぼっとしたズボン、昨日とメーカーは違うようだけれどジャージの上着。
「す、すみません」
狭い店内の入口に脚立があったら、中には入ってこれない。慌ててどけようとすると、大きな手が伸びてきて脚立を掴んだ。
「え?」
「貸して」
「……はい?」
「電球。変えるんだろ」
そう言って私の手から電球を奪うと、彼はささっと脚立に登ってしまった。慌てて反対側を押さえる。
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