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地面へと円柱形においての缶を横倒しに置くとしよう。
その上に渡した板にかんして二足歩行を日頃から成しうる人類が均衡を取りながら。
二本の脚で「直立する」という動作をしているのだった。
それは果たして地球上にて万有引力が稼働するべく自転と公転が恙無く行われれている只中にありながら。
則ちのこと上下左右という概念が地球上においての通常通りに駆動なされてあるとして缶の上にある板は。
接している地面とではなく地球上の万有引力との平行を人伝てに為しているのだとも謂えよう。
缶の上に在ると先ほどのこと表現した人の二足はこの際においては大した問題ではない。
先程のこと挙げた例に則った法則性を帯びた事柄の続きをしよう。
それこそ素数における一という数から十進法において順を追って数え挙げることがもしも可能だというのならば百や千あったところで一向に問題がない事項を提唱したところで。
何せ板の上には人が一人きりで乗しながら均衡を取っている訳だという件を私自身はは述べたてていない。
だとしたら何たる条理だというのだろう。
板も円柱もそれらとは物理的に存在したものであるとすら言及されてはいないではないか。
ここまで来ればお気付きの方も居ようが。
さらに横倒しになった円柱の縦と横にかんしては誰しもが縦と横にかんしどちらの長短を縦横(じゅうおう)と表現したのであろう。
―軽業師でもあるまいし。
私は嘆息してから目前にあるカップ焼きそばにかんする湯切りまでの三分を待っていた。
三分という時間の単位によりメーカーからの思惑へと空腹感を刺激され。
だからといって何だというのだろうという空虚な概念。
そう。
概念には常日頃から苛まれていなけろばならないものだという概念からは既存の知識こらさせられるがあまり離脱することが難しいものなのだった。
少女である私(あたし)の身からすればそれは惨たらしい。
凄惨とでもいおう。
人物が死亡したという事象に関して思考を巡らすにあたり。
それを事件か事故か片付ける能力値においての相違点を幾つか列挙してみれば有限無限問わずの人生において。
更に先程の地面へと置かれてあると曰く円柱形の缶にもにた物体の個数を数えてみれば。
板を支えるべく大量かつ等間隔に大小のそれが満遍なく並べ立てられているというありさまだ。
たかだか説明ごときに怯んでもらっては困る。
十四歳の少女である私(あたし)は正直な物言いにかんして至極嘘吐きこの上ないことで有名な人物なのだったけれども。
だから木で鼻を括ればいいと思うし泥船に乗せられたつもりで推理能力を働かせよう。
今回死亡した人物にかんしての考察を述べたてるに値するだけの価値が果たしてあるのか。
否。
高層ビルディング総ての床板を支え得る土台において支柱が満遍なく折れたという現象が私(あたし)の身も含めた階層へと居た者たちへと起きたに過ぎない。
折れてゆく高層ビルディングの階層。
テロリストが仕掛けた爆薬により爆破された地下の支柱。
たかがそれだけのことだというのにもかかわらないというのにこの物語と主人公である少女の人生には終焉が訪れたという寸法だ。
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