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第一話〜バニラ〜
6月17日、外は雨が降っている。
清水真由香(19)は授業終わり、大学の図書館で1人、黙々と課題に取り組んでいた。
真由香は外の雨音など気にしている様子はなく、気温30度の図書館内はというと初夏だというのにまだエアコンがついていない。
雨なのに暑いというこの矛盾のせいで、学生たちの暑いという声が、今にも聞こえてきそうである。
長い髪を結いた眼鏡姿の真由香がパソコンと睨めっこをするように、キーボードを叩く。
が、しばらくしてキーボードの手が止まる。
真由香「ふぅ、疲れたー」
無意識にキーボードに顔を埋める真由香は長時間の作業で疲れ切っている。
真由香の額には微量の汗が滴る。
席を立つ真由香が向かうのは敷地内の大学生協である。
外は雨が降り続けている。
図書館から大学生協までを、傘を持っていない真由香が走っていく。
真由香は大学生協のアイスコーナー目がけて突っ走る。
この蒸し暑さのせいで、アイスは売れに売れていて、真由香の好きなカップアイスは残り少ない。
その中で、『スーパーバニラ』と書かれたカップアイスが、真由香の目に映る。
この『スーパーバニラ』は大のアイス好きな真由香にとって、質も量も申し分ない味わいの濃厚バニラアイスとして、この暑さを乗り切る最後の切り札である。
そして、手を伸ばし『スーパーバニラ』を掴んだ瞬間、別の手が同じアイスを掴んでいることに真由香は気付く。
手の主は成沢佑(19)のものである。
佑「あ、ごめんなさい。良かったら、どうぞ取っていってください。」
まだ少年の様なあどけない笑顔が真由香の心を擽る。
真由香「いえいえ!私、いつもこれ食べてるんで全然大丈夫ですよ!」
佑「いや、僕もいつも食べてるんで大丈夫です!」
真由香「えー。どうしよう。」
佑「本当に僕、大丈夫ですから。また、違う日に買いに来ますから。」
その場から立ち去ろうとする佑。
しかし、それを真由香が引き止める。
真由香「あの!」
振り向く佑。
真由香は、冷たいアイスを持っているのに何故か顔が赤い。
真由香「半分こ・・・しませんか?」
えっ?と驚かれるにちがいない。真由香は目を瞑る。
佑「いいですね!そうしましょう!」
真由香「えっ!?」
会計を終え、2階のテーブル席に着く二人。
真由香「じ、じゃあ、半分に分けますね。」
佑「お願いします!」
真由香は不思議な感覚に包まれた。生まれて初めて、同じアイスを異性と分かち合うのである。
無論、女子同士でもしたことはない。
真由香は、緊張したまま、アイスを2等分に分けた。
真由香「こっちからが私で、こっちからが・・・えっと・・・」
佑「あ、俺、文学部1年の成沢佑です。君は?」
真由香「私は文学部1年の清水真由香です。」
佑「おー!同じ文学部なんだ!よろしく!」
佑の爽やかな笑顔が容赦なく真由香に振り撒かれる。
真由香「よ、よろしく。」
佑「じゃあ・・・食べよっか。」
真由香「え、うん。」
二人はアイスを食べ始める。
佑「にしても参ったなあ。今日、午後から降るって言ってたのに傘忘れちゃった」
真由香「それ私もだ。」
佑「ここんとこよく雨降るよね。もう梅雨入りなのかな?」
真由香「うーん。そうかもね」
佑「俺は傘無いってのと、アイス食べたいってのが一緒になってとりあえずここ来たんだ」
真由香「私も!課題の一休みにアイス食べようとしたらまだ雨降ってて図書館から走ってきた」
佑「そうだったんだ。それはお疲れ様」
真由香「いやいや!全然だよ!」
気がつくとアイスはもう最後の一口だけである。
真由香「あ、もう最後」
佑「早いよね。もうこのアイスとさよならなんて悲しいよ」
真由香「そんな。大袈裟だよ。」
真由香の笑い声。
雨は徐々に激しくなっている。
強い雨音が聞こえる。
真由香、佑、窓の外のほうを見る。
雨は止む気配は無い。
真由香「雨、止まないね。私、傘買ってそろそろ図書館戻らなきゃ。」
真由香は立ち上がって戻ろうとするが、手を佑に掴まれる。
真由香「えっ?」
佑「もうちょっとここで雨宿り・・・しない?」
真由香の見つめる先には、佑のつぶらな瞳が真っ直ぐに突き刺さる。
外はまだ強く雨音が響き続いている。
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