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「もう別れよう」
外はひどい雨だった。しかし武美はかまわず傘を放り投げ、私にビンタをかました。勢いで私も傘を取り落とす。走り去る武美の後ろ姿を見送りながら、私も傘を拾おうとはせず、しばらく茫然と立ち尽くしていた。今しがたの武美の顔が繰り返し思い起こされる。背を向けられた際に涙が散ったように見えたが、雨か涙か判別し難かった。
翌日の学校で、私たちの空間だけ気まずい空気が流れている。お互い不自然にそっぽを向き合い、そのくせ目端には必ずその姿を捉えている。
「お前らまた喧嘩したのか」
悪友の菅がヤレヤレと、しかし表情だけはニヤニヤと肩を叩いてきた。こいつはどうも人の機微を読むことに長けているようだ。良く言えば気が付く人だが、言い方を変えればお節介だ。
「もう別れたよ」
私は頬杖をついて武美を視界から外した。そんなことはお構いなしに菅は続ける。
「いや、お前らはまたどうせ引っ付くよ。だからどうせ仲直りするなら早いうちがいいぞ。手伝ってやろうか」
そらきた。毎度こいつは私と武美の仲を取り持とうとする。
武美とはここのところ些細な事ですぐ喧嘩になってしまう。私はいい加減うんざりしていて、昨日別れを切り出したのだった。
「今までのとは違うんだよ。独り身のお前には分からないだろうけど」
私は不貞腐れたように菅の提案をはねのけた。その言い方に、今まで茶化していた菅が真剣な面持ちに変わった。
「原因は?」
私はしばし逡巡したのち、口を開いた。
「昨日は付き合って1年記念日だったんだけど、予報では雨だったんだ。だから別の日にお祝いしようって言ったんだけど、聞く耳持たなくてさ。で、結局雨が降り出して、テンション下がるじゃん。だから文句ばっかり言ってたんだ」
私は肩をすくめた。
「だって別の日でいいじゃん。なんでわざわざ雨の日に遊園地にさあ。そんでそっからはいつもの喧嘩よ。俺もう疲れたよ。あ、そうだ、あいつ傘忘れてったんだけど、お前、返しといてくれないか?」
武美に一瞥をくれ、それから菅の同意を得ようと向き直った。
「お前、そういうのは自分で返すもんだぞ。男らしくない。逃げるな」
しかし菅はいつになく厳しい口調で私を注意してきた。その様子に気圧され、私は言葉に詰まってしまった。
「まあ、渡しにくいなら俺が手伝ってやるよ」
しばらく菅は私を睨み続けていたが、急に笑顔になると、いつもの調子に戻っていた。
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