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「あれっ、私の傘がない」
翌日も雨だった。菅は次の雨の日に決行すると言っていたが、梅雨の季節なのでそれはすぐにやってきた。
武美の背後で菅がウインクしているのを見た。菅の計画では傘を隠しておくから、その隙に武美に傘を返せという。
「誰か間違って持ってったんじゃない? 私の傘に入ってく?」
困っている武美に、一緒にいた友達が提案した。
「これ、この前の忘れ物」
しかし私はお構いなしにその中に割り込んだ。いかにも不器用で、仏頂面のまま例の傘を武美に差し出した。友達は私の剣幕を押されると、ニヤニヤしながらそそくさとその場から立ち去った。
「いらない」
武美は友達の態度に少し戸惑っていたが、見送ってしまうと、フゥと小さくため息をついてから私と向き合った。腰に手を当て、当たり前だがまだ怒っているようだ。
「今さら何? 私たち別れたんだけど」
武美はツンと突き放した。
「だから、これ!」
私も負けじと傘を差し出す。
「いらないわよそんなもの。あんたにあげる!」
「もらっても困るよ、女物だし、捨てるわけにもいかないしさあ!」
いくらか押し問答したあと、武美が折れた。
「じゃあしかたないわね。でも金輪際私に近寄らないで」
武美は言うが早いか傘を掴むと、勢いよくバッと開いた。
「あっ」
二人同時に声を上げる。傘の骨が一つ折れていた。武美は再度ため息をついた。
「……入れてよ」
「えっ」
「一緒に傘に入れてって言ってんのよ。私このままだと帰れないじゃない」
二人はしばらく無言のまま、帰り道の公園の中を歩いていた。
「あっ」
突然武美は一声上げると、公園の生垣に近寄って行った。
「紫陽花、綺麗だね。あ、カタツムリがいる。かわいい」
武美は無邪気にカタツムリを眺めている。しかし私は早く帰りたかったので、もどかしくその場で足を揺すっていた。
「雨、嫌だね」
ハッと思ったが、ついつい口に出てしまった。しかし武美は落ち着いた口調で返してきた。
「別に雨でもいいじゃない」
「え」
また怒るかと思っていた私は呆気に取られた。それから武美はゆっくりと振り返ると、しばらく私を見つめていた。
「私があの日遊園地に拘ったのはね、あそこは雨の日だけのイベントもあるのよ。……水上アトラクション。どうせ雨で濡れるからいつもより多く水を浴びせかけてくれるんだって。それから雨の日にわざわざ遊園地に行くのはほとんどカップルだから、観客席は相合傘でいっぱいなの。しかも相合傘をしながら水をかけられたカップルは上手くいくんだって。SNSで流れてきた」
武美は恨めしそうに私を見た。そうだったのか。私はそんなこととは露とも知らなかった。
それから急速に雨が上がり、私たちはしばらく公園に佇んでいた。すると空には虹が輝き始めた。
「ね、雨もそんなに悪くないでしょ?」
武美は首を傾げ、ニコッと微笑んだ。
「でも、俺は濡れたくないんだよ。晴れの方が好きだな」
私は苦笑しながら皮肉を言った。
濡れた肩を払いながら、私はすっかり晴れた空を見上げた。やまない雨はない。
そのまましばらく空を眺めていると、ポタッと雫が一滴、顔に落ちてきた。
ピロリン。ピロリン。一定のリズムで無機質な音が聞こえる。
すると顔が再びピチャッと濡れた。それからもポタッ、ポタッと何滴か水滴が垂れたので、私は重い瞼を開けてみた。
何だ、まだ雨はやんでないのか……。そう思いながら目を開けると、目の前には武美の顔があった。どうやら今までのは夢で、ベッドで横たわっている私を覗き込んでいるらしい。
「あの日ね、私、わざと傘が壊れるようにしといたのよ。相合傘ができるように」
何だ、武美のやつ、また泣いているのか。もしかしてこれも夢か? 雨は嫌いだ。しかしやまない雨はない。雨降って地固まる。人生はその繰り返しだ。
懐かしい夢に浸りたくて、もう一度目を瞑った。
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