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菜種梅雨
ピッ、ピッ、ピッ。
規則正しい機械音が鳴り響く室内。
サーと降る、雨音が聞こえ。
微睡ろんでいた意識が、現実へ引き戻された。
「今日の雨はね、春雨。食べ物の春雨にもそっくりだよ、しょーちゃん」
意識が戻らなくても耳は聴こえていると、医師が教えてくれたから。
私は忙しない看護師業務の傍ら、昏睡状態の彼に話しかける。
「あのね、美味しい洋食屋さんを見つけたんだー。日替わり定食が安くて、オムライスも美味しいの。
でも、1番は。やっぱり、しょーちゃんが作ってくれたオムライス。自分でも作ってみたんだけど、どうしても同じ味にならないの。しょーちゃん、何を入れてたのかなぁ」
痩せ細った頬を、指でツンツンとつつく。
「しょーちゃん。聞いてよー。
叔父さんがね、最近うるさいんだー。早く結婚しろーとか、孫の顔を見せろーとか。普段は良い人なんだけどね。久しぶりに顔を合わせると、すーぐ言うんだもん。
私はずーっと、しょーちゃんと結婚したままなのに。離婚してないのに。
もー! これも全部、しょーちゃんがねぼすけのせいです!」
腕時計のアラームを止め、私は丸イスから立ち上がる。
ベッド横の床頭台に置いてある婚姻届を手に取り、彼の顔にかざす。
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