雨の彼方

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なるほど、と完全に合点したのは程よく酔いが醒めた後だった。 しかし彼女の言う理屈は至極単純だった。 そしてもっともであり、彼女はつまり、ある意味で全能だった。 何故なら彼女が、見ることのできる十秒後の自分はと同じように、その先の十秒後の自分を見ているのであり、さらにその自分はまたさらに十秒後の自分を見ているのだから―― 謂わば時間の数珠つなぎ。 彼女は連続する時間のその先の先の先まで、自分が十秒後の自分を見て行動をするという理由とその原理から、はるか先の未来までも見通す力があるのだ。 だから俺が口にした「十秒後の未来しか見えないのに、不意に雨に打たれることがないなんて事は不可能では?」なんて言う疑問こそ愚問で、けれど自分のこうした失態に気づいた時には同時に、俺は新たな発見にも気づいていた。 彼女の手元に傘はなく、振り返って確認した傘立てにも、未だ傘は一本もささってはいなかった。 「あれ?不意に雨に打たれることはないのでは?」 多少なりとも酔いの回った体で俺は気丈に構えてそう尋ね、すると彼女はそこで口角をゆっくりと上げた。そして俺のほうを向いて、童子のような屈託のない、溢れ出し止め処なかったかのような笑顔を見せた後、こう言った。 「今までは、ね。でも、十秒後の私は傘を持たずに出かけて行きました。そのときの私は今みたいに笑ってた。その理由が今になって、ちゃんと分かったっていう寸法です」
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