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夜になると雨は止んでいた。
しかしもう、街は冬の匂いがした。
Kが自宅アパートの玄関ドアに手を掛けると、抵抗が感じられなかった。既に同居人は帰宅しているようだ。
ゆっくりとドアを開け、中に入る。逸る気持ちを抑えて靴を脱ぎ、三和土に丁寧に揃えた。努めて普段通りのペースでリビングに向かうと、帰宅に気付いただろう彼は定位置に座ったまま、振り返りもせず詰問してくる。
「おまえね、なんなの。突然早う帰ってこい、話がある、でも内容は言えない、ってどういうこっちゃ」
やや苛立っているのは、予想外な事に出くわしたときの彼の癖だ。
それを聞きながら、Kはほとんどのんびりと言える速度でボディバッグを置く。
ジャケットを脱ぐ。
手を洗う。
うがいをする。
まったく反応しないKに更に苛立ったのか、彼は「おい」と太い声を出した。
Kは黙ったまま、くるりと振り返った。
彼は眉を顰めたまま、黙った。
普段の1.8倍の速度で彼に近付く。メガネの向こうの眼は、いまや訝るより戸惑っている。
その顔に手を伸ばし、メガネを外す。きちんと弦を折り畳んで、ローテーブルに置く。
彼の眉間の皺はますます深くなる。
そこで、ようやくKは微笑んだ。
すっと右手を伸ばして、そっと彼の頬をなぜる。
身を屈める。
彼、の瞳を見詰めたまま、頬を寄せて、
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