柚子

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柚子

 卒論の息抜きに久しぶりに部室に顔を出すと、予想外の顔と出くわした。 「おお、K、ちょうど良いとこに!」  振り向くなりそう笑ったのは、セカンドの根岸だった。下級生の頃から二遊間を組んでいた相棒とは飲み友だちでもあり、引退した今でもちょいちょい逢う間柄だが、ココで会うとは思わなかった。根岸も同じく卒論の準備をしているはずだが、今日は何故か作業着に軍手だ。 「どうした? こんなとこで」  質問が思わず口をついて出る。根岸は「それが」と言いさして、顎先で長机の上を示す。見れば幾つかの白いレジ袋に溢れんばかりの、いや実際、あふれて転がる柑橘類がひい、ふう、みい… たくさん。普段はむさ苦しい部室に好い香りが漂っている。 「演習林に行ったらショーゲキ的に穫れてさァ」 「マジか。これ… 柚子か?」 「そうそう。良い出来だろ」  生物資源科の根岸は、よく演習や実習で演習林や試験農場に出ているので、収穫物や製造物のお裾分けをしてくれる。ただ話を聞く限り、研究というより趣味でやってるものも多そうだ。(ラム肉のソーセージとか明らかに食べたかっただけだと思う。ありがたく頂戴したが。) 「Kも持ってってな! ひとり七個がノルマだから」 「うん、もらう。でも、さすがにこんだけあると辛そうやな」 「ひと月ぐらいゆず湯ができるぞ。あ、同居人さんの分も遠慮しないでいいぞ」 「贅沢通り越して、なんか罰ゲームっぽいな」  同居人も嫌いではないと思うが、ミカンと違って数を食べるものでもない。どう使おうかと思案していると、ついでのように根岸が言い出した。 「あ、そういやお前、これから研究室戻る?」 「うん、戻るけど」 「悪いンだけど、物理科のさ、山科先生んとこに持ってってくんない?」
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